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高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点


高齢者住宅の基礎は、介護・食事などの生活支援サービスではなく、住宅サービス。事業の成否・商品の根幹は、建物設備設計によって決まると言っても過言ではない。高齢者住宅の建物設備設計・備品選択に不可欠な「安全性」「可変性」「汎用性」「効率性」「安定性」の5つの鉄則・視点

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 015


高齢者住宅は「介護付か住宅型か…」「介護スタッフ配置は…」「食事の内容は…」など介護類型や生活支援サービスが注目されやすいのですが、その事業・商品の根幹は住宅サービスです。
高齢者住宅事業の成否は、建物設備設計によって決まると言っても過言ではありません。

もちろん、長期安定的に経営するには、ケアマネジメント、リスクマネジメントなどの経営管理・サービス管理のノウハウも必要です。ただ、建物設備をみれば、「要介護高齢者の生活を考えて設計されているか」「介護サービス実務を理解して建物が作られているか」はわかります。
つまり、建物設備には、その事業者に経営・サービス管理のノウハウが表れているのです。

また、生活支援サービス内容や価格は、運営開始後に変更・微調整することはまだ可能(簡単ではありませんが・・)ですが、建物設備はハードですから、入居者が入れば途中で立て直すことはできません。
高齢者住宅という事業・商品の基礎は、生活支援サービスではなく、建物設備設計なのです。
私がどのような視点で高齢者住宅をチェックしているのか、その鉄則となる5つの視点を挙げます。

鉄 則 Ⅰ】 ~ 安 全 性 ~

第一は、安全性です。
高齢者住宅に入居する高齢者・家族のニーズは、「要介護状態になっても安心して、安全に暮らせること」です。
入居者の生活の安全に配慮をすることは、一般の賃貸マンションも含めすべての賃貸住宅オーナーの責務ですが、対象が身体機能の低下した高齢者であること、「介護が必要になっても安心」と標榜していることを考え合わせると、高齢者住宅の責任は一般の賃貸マンションとは比較にならないほど重いものです。

安全性は、生活上の事故だけでなく、火災や自然災害、防犯対策など多岐に渡ります。
近年、介護保険施設や高齢者住宅内で発生した転倒・骨折についての裁判が増えていますが、事業者の責任が問われるのは、介護スタッフやホームヘルパー等の直接的なミスによる事故だけではありません。共用廊下やエレベーターなど建物設備の安全対策に問題があったと判断されれば、高齢者住宅事業者の安全配慮義務違反になり、損害賠償請求の対象となります。有料老人ホームやサ高住の登録基準を満たしているだけ、バリアフリーというだけでは、その責務を果たしていることにはなりません。
また、入居者が火災で死亡したり、怪我をすれば、その火災の原因に関わらず、防火管理者や経営者は「防災対策、避難訓練はきちんとしていたのか?」と、損害賠償に留まらず、業務上過失致死などの刑事責任を問われることもあります。

鉄 則 Ⅱ】 ~ 可 変 性 ~

二つ目は可変性です。
高齢者の最大の特徴は、加齢や疾病によって身体機能が低下することにあります。
入居当初は自立歩行していても、やがて車いすが必要となり、自走から介助、いずれは寝たきりとなります。同様に、自分でトイレに行っていた人も、トイレへの移動や移乗に介助が必要となり、尿意や便意の減退、排泄機能の低下から、オムツ利用となります。

「可変性」は、こうした高齢者の要介護状態の変化に、どのように建物設備として対応するのかという、一般の賃貸住宅にはない高齢者住宅の建物設備設計に特有の視点です。
一般の賃貸住宅や老人福祉施設の場合、生活環境の変化・要介護状態の変化には、入居者が「住み替え」で対応しますが、高齢者住宅の場合、「介護が必要になっても安心」を前提としているため、事業者がその変化を想定し、対応できる設計上の工夫が必要です。

この可変性は、入居者個別の変化への対応だけではありません。
より重要になるのが、入居者全体の平均要介護度の変化への視点です。例えば、エレベーターは、自立歩行の高齢者ばかりであれば、一度の昇降で9人~13人程度の移送が可能ですが、車いすの高齢者になると2~4人しか移送できません。十分な輸送能力が確保されていなければ、一日3度の食事だけでエレベーター前が大混乱し、介助の時間や手間がかかるだけでなく、入居者同士のぶつかり事故や挟み込み事故が増えることになります。


開設当初は、軽度要介護高齢者が多くても、加齢や疾病によって重度要介護高齢者の割合は増えていきます。 建物設備設計の中で、その変化を十分に想定していなければ、適切に生活支援サービス提供ができなくなり、事故やトラブルの増加で機能不全に陥ります。

鉄 則 Ⅲ】  ~ 汎 用 性 ~

可変性と同様に、高齢者住宅の建物設備設計に特有の視点として重要になるのが「汎用性」です。
要介護3の要介護高齢者といっても、その身体状況、要介護状態は一人ひとり違います。
例えば、半身麻痺で車いす利用の高齢者でも、その麻痺が右半身なのか左半身なのかによって、建物設備の使いやすさは変わってきます。居室内トイレの同じ位置に、同じ形状の手すりが設置されているところがありますが、手すりの使い勝手は、左右麻痺の有無、背の高さ、排泄介助の必要性など一人ひとり違います。使えない手すりは移動や移乗の邪魔になるだけです。

この汎用性は、共用設備の選択にも大きく関わってきます。
高齢者住宅や介護保険施設の浴槽と言えば、寝たきりの高齢者を対象としたの「特殊浴槽」がイメージされますが、高額な特殊浴槽が週に数回しか使われず、「一般浴槽」が不足するという状況が起こるのは、この汎用性が十分に検討されていない証拠です。
「一般的」「平均的」な高齢者仕様や、特定の高齢者だけに使いやすくカスタマイズされた仕様は、高齢者住宅の設計・設備としては不適格です。一つひとつの設計や設備の選択においては、多様な要介護状態の高齢者が安全に利用できる「汎用性」の視点が不可欠です。

鉄 則 Ⅳ】  ~ 効 率 性 ~

四点目は、効率性です。
現在の高齢者介護は、「時間を決めての一斉排泄介助」「複数スタッフによる流れ作業の入浴介助」といった前時代の施設のイメージである「集団ケア」ではなく、入居者それぞれの生活リズム・個別ニーズに合わせて生活支援サービスが提供される「個別ケア」が基本です。
これまで、老人福祉や介護の現場では、効率化・合理化は反福祉的な視点としてとらえられてきました。
しかし、高齢者住宅は営利目的の事業であるため、それぞれの入居者の生活ニーズを基礎とした個別ケアを、どうすれば最も効率的・効果的に行うことができるかという視点は必要です。

効率性の検討は、少ない職員数で、より質の高いサービスを安全に提供するためには、どのような建物配置がふさわしいか、どのような介護動線、サービス動線が最も効果的なのかを追求することです。
特に重度の要介護高齢者が増えてくると、声かけや見守りといった状況把握サービスにかかる間接的なケアだけでなく、安否確認、食事、介護など提供するサービス量が増加するため、サービスをいかに効率的・効果的に提供するかという視点はより重要になってきます。

その目的は、経営の効率化だけではありません。入居者のQOL(生活の質)の向上や、サービス提供上の事故や入居者トラブルの削減、異常の早期発見などの高い安全性の向上、更には職員が働きやすい労働環境をつくることにもつながっていきます。
現在のサ高住や住宅型有料老人ホームの多くは、「建物設備」と「介護システム」の一体的な効率性の検討を行っていないために、「建物設備」×「介護システム」の一体的検討が不可欠🔗で述べたような、要介護高齢者にとっては生活しにくい、介護しにくい建物になるのです。

鉄 則 Ⅴ】  ~ 安 定 性 ~

最後の一つは安定性です。
高齢者住宅は、サ高住に補助金の投入や税制優遇が行われているのを見てもわかるように、公益性、社会性の高い事業です。また同時に、身体機能の低下した高齢者の人生最後の「終の棲家」であることから、30年、40年という長期安定的な経営、サービス提供が必要です。一旦スタートさせると、「上手くいかないから…利益がでないから…」と簡単に辞めることはできません。

建物設備設計についても同じことが言えます。
経営を継続する中で、入居者は入れ替わりますが、建物設備は何十年もの長期にわたって継続利用できる安定したものでなければなりません。定期的なメンテナンス、建物価値を維持しつづけるための計画的な修繕や、数十年に一度は、外壁や電気系統、給水系統などの大規模修繕も必要になります。
当初の建築コストが安くても、耐用年数が低く、メンテナンスや修繕に多額の費用がかかるようであれば「安定的な建物設備」だとは言えません。


以上、5つの視点を挙げました。
これらはそれぞれに独立したものではなく、それぞれに関連しています。
この5つの視点を総括すれば、「介護が必要になっても安心して暮らせる生活環境が整っているか」「安全に介助できる労働環境が整っているか」ということです。

制度基準に沿って作った高齢者住宅は欠陥商品🔗で述べたように、有料老人ホームやサ高住の制度基準に則って作った高齢者住宅は、入居者にとっても生活できない、介護スタッフにとっても働きにくい欠陥商品です。それぞれの事業者が、長期安定経営が可能な、強い商品性をもつ高齢者住宅を作るためには、建物設備設計の検討が不可欠です。それは、それぞれの事業者の創意工夫が最も発揮される強みでもあるのです。

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