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区分支給限度額方式の訪問介護だけでは、食事介助は不可 Ⅱ

訪問介護で食事介助を行うには、要介護高齢者の数だけ訪問介護員を確保しなければならない。それに加え、訪問介護対象外の見守り・声掛けなどの間接介助、移動移乗介助の介護スタッフの確保も必要。食事介助の訪問介護の不正請求が見つかれば莫大な返還請求と詐欺罪に問われる

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』

「居室・食堂フロア分離型」でどこまで介護できるのか・・・。
この命題には、介護システムが大きく関わってくることを、お話ししてきました。
介護付有料老人ホームの場合、指定基準の【3:1配置】ではとても無理、基準の1.5倍の手厚い配置の【2:1配置】でも、移動ばかりに時間がかかり、生活環境も介護労働環境も厳しくなります。要介護高齢者を対象とした高齢者住宅で、「食堂に降ろして食事をさせる・・」という発想自体に無理があります。

ただ、区分支給限度額方式の場合は、考え方が根本的に違います。
区分支給限度額方式の場合、訪問介護はマンツーマンの訪問介護です。
食事介助が必要な高齢者が5人になっても、10人になっても、朝・昼・夕に、それぞれ一時間ほどの5人、10人の訪問介護サービスを導入することができれば支障はありません。マンツーマンで訪問介護が付ききりで介護するのですから、訪問介護のヘルパーが一階まで食事をとりに行って、自分の居室内で介助を受けながら食べることも可能です。「居室・食堂フロア分離型」でも「居室・食堂フロア一体型」でも、エレベーターの容量や食堂の広さも、あまり影響しないということになります。
しかし、前回の区分支給限度額方式の訪問介護だけでは、食事介助は不可 Ⅰ 🔗で述べたように、問題は区分支給限度額方式の訪問介護(定期巡回随時対応型含む)は、介護付有料老人ホームで行われているような一人の介護スタッフが臨機応変に複数の高齢者を介助する「複数介助」も、移動・移乗介助、声掛け介助、見守り介助などの「複合介助」もできないということです。

「訪問介護」で食事介助をするには、多数のヘルパー人員が必要になる

述べたように、高齢者は加齢や疾病によって、要介護状態が重くなっていくのが特徴です。
ここでは60名定員で、10人の入居者が起床介助、移動介助、食事介助が必要な要介護3以上の重度要介護高齢者、食事や排泄自立しているが自走車いすの高齢者(要介護2程度)が20名、あとの30名は移動や食事などに介助の必要はないけれど、見守りが必要な要支援~要介護1程度の要支援・軽度要介護高齢者だと仮定して、シミュレーションをしていきます。

介護システム構築のポイントは3つです。
① 食事介助の介護報酬算定には、厳格な時間管理のもとマンツーマンの訪問介護
② 移動移乗介助や間接介助のみが必要な高齢者は訪問介護の算定対象外
③ 訪問介護算定対象外の高齢者にも、移動移乗介助・間接介助は必要

この場合、食事介助で訪問介護(定期巡回随時対応型含む)の報酬算定が可能な高齢者は10名ですから、基本的に10名のホールヘルパーが必要になります。ただ、早朝介護を例に挙げると、この要介護3以上の高齢者の起床介助~送迎~食事介助~送迎を含めると一人一時間程度は必要ですから、ホームヘルパーAが、山下さん(六時半~七時半まで)、佐藤さん(七時半~八時半)と時間を分割して、介助し報酬算定することは可能です。そのため、時間を完全に分けるという前提で、朝食時の10人の食事介助は5人のホームヘルパーで対応することはできるでしょぅ。
ただ、このホームヘルパーAを含め、訪問介護の介護報酬算定をする人はその時間帯は、その入居者の介護に限定されますから、それ以外の50人の高齢者の移動・移乗介助や食事準備、見守り・声掛けなどは訪問介護以外の自費で対応しなければなりません。すくなくとも、それに3人は必要になります。
合計、8人のスタッフを確保しなければならないということです。

① 比例して確保すべきホームヘルパーの数が増える
問題の一つは、「訪問介護」は訪問時間に縛られるため、要介護高齢者が増加すると、それに比例してヘルパーの確保が必要になるということです。ここでは、起床介助・食事介助・送迎が必要な高齢者を10名(ヘルパー5名)としましたが、これが20名になると10名、30名になると15名になります。
365日、朝食(8時前後)、昼食(12時前後)、夕食(18時前後)の二時間だけに、10人、15人というヘルパーの数を確保しなければなりません。加えて、見守りや声掛けなどの間接介助(誤嚥時の緊急対応含む)、移動介助のみ高齢者は訪問介護の算定対象外ですから、それ以外に3名の介護スタッフを別途確保しなければなりません。
「5人程度であれば可能だ」と思うかもしれませんが、365日、朝・昼・夕の食事時間に合わせて、その数を安定的に確保できるのは、ある程度規模の大きな事業者でなければ不可能です。10名、15名…となってきた時に、それだけのヘルパーを確保できるかと言えば、現実的でないように感じます。

② 訪問介護以外のサービスは自費
もう一つの問題は、訪問介護以外のサービスは自費だということです。
ここでは60名定員のうち、訪問介護対応の重度要介護高齢者が10人、食事介助は必要ないが車いす利用の高齢者20名、それ以外の高齢者が30名としてシミュレーションをしていきます。ただ、訪問介護対応以外の10名の高齢者は、誤嚥や窒息など事故リスクはないか、一人で安全に食堂まで降りてくることは可能なのか…といえば、そうではありません。
「食事介助が必要ではないけれど、ベッドから車いすへの移乗は必要」
「嚥下機能が低下しており、誤嚥や窒息のリスクがある」
「急いで食べる傾向があるため、声掛け・見守りは必要」
すべての高齢者は、見守りや声掛けなどの間接介助が必要ですし、一部移乗・移動の支援が必要な高齢者もいるでしょう。それができなければ食堂まで降りることかできませんし、誤嚥や窒息に対応することができず、死亡事故が多発することになります。「介護が必要になれば安心・快適」と安易に標榜している事業者が多いのですが、訪問介護でカバーできない介助項目はたくさんあるのです。
ただ、介護保険対応ができないということは、全額自費対応になります。
この対象外のケアを行うために、365日、朝、昼、夕と常勤で介護スタッフを3人しようとすれば、常勤で10人くらいの介護スタッフの確保が必要です。その人件費年間4500万円とすれば、一人当たり月額費用は6万円をこえます。
「介護付よりも住宅型やサ高住の方が安い」が当たり前だと思っている人が多いのですが、冷静に考えれば、介護付(特定施設入居者生活介護)では対象になる介助が、訪問介護では対象にならないのですから、その分だけ自費になるため、区分支給限度額方式の高齢者住宅の方が高くなるのです。

「訪問介護」の不正請求は数千万円単位、詐欺罪で告訴される

しかし、現状をみると、「介護付よりもサ高住・住宅型の方が安い」と言うのが一般的です。
それは何故かと言えば、「囲い込み」を超えて、不正請求が横行しているからです。
述べたように訪問介護の介護報酬を請求するには、「誰の介護時間か」を明確にして、「訪問介護」のホームヘルパーの業務と「訪問介護外」の介護スタッフの業務を明確に分けて対応する必要があります。しかし、囲い込み高齢者住宅の中には、「二人の入居者にひとりで対応できる」「一時間半の食事介助を3人の高齢者で分割して請求できる…」と勝手に解釈して、報酬請求しているところがあります。
その結果、時間管理・サービス管理など全く行わず、今、だれの訪問介護の時間なのかも確認しないまま、特定施設入居者生活介護と同じように、60人の高齢者に対して4~5人の介護スタッフでバタバタと介護しているところがほとんどです。

【高齢者住宅の訪問介護 食事介助における不正請求事例】
(ケアプラン・ケアマネジャーの不正)
◇ 移動・移乗介助だけが必要な高齢者にも、「食事介助」で訪問介護を請求している
◇ 訪問介護の食事介助の時間管理・サービス管理を行っていない。
◇ 時間通りに適切な訪問介護が行われていないのを黙認している
◇ 利用者希望ではなく、営利目的で系列事業者の訪問介護を利用させている
(訪問介護・ホームヘルパーの不正)
◇ 食事介助をマンツーマン介護ではなく、「複数介助」を行っている
◇ 訪問介護時間内に他の利用者の介護(間接介助含む)を行っている
◇ ケアプランに示された介護時間・介護内容と違う介護を行っている
◇ 訪問介護対象者の時間管理・サービス管理を行っていない

囲い込みの不正を見つけるには、食事時(特に、朝食時)にチェックをすれば一目瞭然です。
「どこでも多少はやっている」「グレーゾーンだ」と高をくくっている事業者は多いのですが、そもそもグレーゾーンでもありませんし、不正行為はどんどん深化し麻痺していきます。日常的に、また長期的に不正が行われていることが明らかになれば、過去5年に遡りますから、数千万円~数億円単位の莫大な報酬返還をもとめられますし、金額が大きく、過失ではなく明確な不正であることが明らかになれば、ケアマネジャーやホールヘルパーも詐欺罪で告発され、介護福祉士・初任者研修、ケアマネジャーなどの資格すべて剥奪です。万一、転倒事故や誤嚥・窒息が起きれば、間違いなく、そのホームヘルパーは業務上過失致死で起訴されることになります。
不正を強要されていたとしても、経営者は「高齢者住宅は無関係」と逃げてしまいます。

社会保障財政悪化の中で、介護保険の不正請求に対する視線は厳しくなっています。
早晩、必ずそうなります。その時に「介護は大変だ」「介護スタッフはみんな頑張っている」と騒いでみても、不正行為を行っている時点で、誰にも聞いてもらえないのです。




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