「囲い込み」は何が問題なのか

「囲い込み」を排除できなければ、地域包括ケアシステムは崩壊


地域包括ケアとコンパクトシティの構想は同じ。その基礎・中心となるのは重度要介護高齢者が安心して生活できる住まい、住環境の整備。「公平・公正な制度設計」「不正事業者の排除」は自治体の義務であり、囲い込み高齢者住宅を放置すれば、市町村・都道府県は消滅する

高齢者住宅の「囲い込み」とは何か、何が問題なのか 09 (全9回)


新聞やテレビでは介護問題を取り上げたニュースが増えている。週刊誌には介護地獄、介護難民、介護崩壊などの文字がおどり、介護財政の問題だけでなく、スタッフによる虐待や殺人、介護を原因とする家族崩壊など、「介護」を原因とした様々な事件が連日のように報道されている。
しかし、私たちはまだ、超高齢社会、介護・医療・住宅問題の入り口にも立ってはいない。


介護医療問題の本丸は、85歳以上の後後期高齢者の増加

世界保健機関の定義する高齢化の段階は、7の倍数で示されている。
日本は、1970年に高齢化率が7%を超え高齢化社会になると、1994年に14%の高齢社会に、2007年には21%の超齢と社会になった。そして2018年9月15日現在、28.1%と、世界史上、他に類例のない勢いと規模で「超高齢社会」の次の段階に突入している。
高齢化の問題は、「支える人」と「支えられる人」のバランスの変化に社会システムが対応できず、経済成長や安全保障、社会保障など様々な社会問題が表面化することだ。日本ほどでなくとも、欧米など先進国では共通の課題であり、今後は、韓国、中国や東南アジアでも急速な高齢化の時代を迎える。
ただ、日本の高齢化は、「高齢化率」だけでは測ることのできない、深刻な問題を抱えている。

それは、85歳以上の後後期高齢者の増加だ。
下グラフのように、84歳までの高齢者は、若干の増減はあるものの、今がピークで少しずつ減少していく。その一方で、85歳以上の後後期高齢者は、2015年の500万人弱から2035年には2倍の1000万人となり、「85歳超1000万人時代」は、2065年~2070年頃まで30年~40年続くことがわかっている。

「ピンピンころり」という言葉が流行したように、健康寿命を延ばすための介護予防は重要な施策であるが、残念ながら加齢によって身体機能や認知機能の低下を完全に防ぐことはできない。
表のように65~74歳までの前期高齢者が要介護3以上になる重度要介護発生率は1.33%程度、75歳~84歳までの後前期高齢者は5.65%だが、85歳以上になると23.5%となり、要支援・軽度要介護まで含めた要介護発生率は59%へと跳ね上がる。
85歳以上の高齢者の5人に3人は生活上何らかの支援・介護が必要で、4人に一人は、常時介護が必要な寝たきりや認知症など、常時介護がないと生活できない状態になるということだ。

一方で少子化によって、生産年齢人口(16歳~64歳)は、現在の7700万人から、2035年には6500万人、2065年には4500万人と1000万人単位で減っていく。
「生産年齢人口=支える人」「85歳以上=支えられる人」として単純に比較すると、2015年では一人の後後期高齢者を15.6人の生産年齢人口で支えているが、2025年には10人に一人、2035年には6.6人、2055年には5人に一人、2065年には4人に一人という計算になる。
今でも、介護人材の確保が問題になっているが、単純な対比でみると、いまの半分、1/3になっていくということだ。

これは人材の問題だけではない。一人当たりの国民介護費用は、75歳~79歳までは18万円、80歳~85歳では41万円に対し、85歳~89歳では83万円、90歳~94歳では145万円、95歳以上では214万円と、倍々に増加する。また、64歳までの国民医療費の平均は、年間18万円程度だが、65歳~74歳になると55万円に、75歳を超えると90万円、85歳超では100万円をこえる。

医療や介護は、要介護高齢者にとっては、水や空気と同じように、日常の生活・生命の維持に不可欠なものだが、私たちの国は、この超ハイパー高齢社会を前にして、すでに借金漬けの状態にある。
重度要介護高齢者が今の二倍になっても、そこに投入できる医療・介護財源は良くて横ばい、国際公約に基づけば、借金は減らしていかなければならない。それは、将来、受けられる社会保障サービスは良くて半分、実際はそれ以下になるということだ。
日本の高齢化は、「団塊世代の問題」と捉える人が多いが、今の40代、30代、20代の人が高齢者になった時には、団塊世代とは比較にならないほど、ますます厳しい状況になっていく。

これは安全保障や経済問題で語られる、「可能性のあるリスク」でも「悲観的予測」でもない。
直線的に、確実にやってくる現実である。
今はまだ、日本が直面する、超高齢社会、介護・医療・住宅問題の、その入り口にも立っていない‥と言った意味がわかるだろう。


「地域包括ケア」は魔法の呪文でも打ち出の小づちでもない

高齢者医療・介護問題に対して、政府が打ち出している政策が「地域包括ケア」である。
ただこれは、直接的に社会保障費を削減するという対策ではない。これまで国の主導によって、ほぼ全国一律でおこなってきた高齢者介護・医療・住宅対策を、これからは基礎自治体である市町村が中心となり、それぞれの地域特性・地域ニーズに合わせてプランニング・マネジメントしていくというという行政機構の変化であり、簡単に言えば、「高齢者介護・医療・住宅対策」の地方分権だ。

しかし、維新の会を見てもわかるように、通常、政府に対して、地方分権を強く求めているのは地方自治体である。国や中央省庁が既得権益として強固に守り続けてきた補助金や利権を手放し、厚労省が懸命に旗を振って「これからは地域包括ケアの時代です。介護・医療の地域分権を進めよう」というのは、奇異な感じがするだろう。
その理由は単純で、「高齢者介護・医療・住宅政策は大失敗・・」「このままでは確実に破綻する・・」ということがわかっているからだ。

地域包括ケアシステムは、魔法の呪文でも打ち出の小づちでもない。「地域包括ケア!!」と大声で叫んでも、使えるお金や人材が増えるわけではない。
これまで厚労省・国交省、政治家は福祉利権に群がり、「介護・福祉と叫べば何でもあり・・」の時代を謳歌してきたが、杜撰な制度設計で破綻に直面したため、その後始末を地方自治体や国民に押し付け、「これからは市町村、都道府県が中心となって頑張ってください」などと、臆面もなく言い始めているにすぎない。現行の制度を維持することは100%不可能で、ソフトランディングできる時期も遠く過ぎており、強烈な痛みを伴う大削減は不可避である。その責任や非難を回避したいだけなのだ。

今後、地域包括ケアシステム推進のために高齢者介護・医療に関する権限や財源は、市町村や都道府県に移譲されるが、その数倍の勢いで社会保障費は増加していく。 その結果、市町村だけでなく都道府県も財政再建団体に転落し、市民サービスのカットだけでなく、多くの市町村が合併、消滅するだろう。
本当にひどい話だ。

ただ、国の思惑はどうであれ、その方向性は間違いではない。
都心部、地方都市、山間部、農村部、それぞれの自治体・地域で必要な対策は違うため、効率的・効果的な高齢者対策を行うためには、基礎自治体が中心となって政策を立案・推進するのが望ましい。
これまでのように厚労省の決めた基準に沿って、漫然と全国一律の施策を行うのではなく、基礎自治体単位で、それぞれの地域性に合わせて、きめ細やかな対策を行っていけば、社会保障費の削減し、同時にサービスの向上、安心の向上を図ることは可能だ。
そのために必要なのは、市町村のマネジメント力の強化である。限られた財源、人材を効率的・効果的に運用することで、公平・公正なシステムを構築し、最大の果実を得られるように自治体が中心となって、市町村全体の介護・医療システムをプランニング・マネジメントしていかなければならない。

ただ、この地域包括ケアの推進を阻む最大の要因となっているのが、ここまで述べてきた「囲い込み型高齢者住宅」だ。


「囲い込み高齢者住宅」の不正を放置すれば地域包括ケアは崩壊

地域包括ケアシステムは、介護や医療対策だと思われているが、その基礎・中心となるのは重度要介護高齢者が安心して生活できる住まいの整備だ。
人口減少社会に向けて、生活に必要な機能が近接した効率的で持続可能な都市を作っていこうという「コンパクトシティ」が注目されているが、その構想の実現において、その一丁目一番地となるのが、身体機能・認知機能の低下によって、自動車の運転や買い物が困難になっていく高齢者・要介護高齢者の住まい、住環境の確保だ。

今後、増加する85歳以上の高齢者の3人に2人は、独居または高齢夫婦世帯である。24時間365日、包括的な介助が必要となる重度要介護高齢者、認知症高齢者は、一人で生活することはできない。離れた自宅に、訪問して介助するとなると、一人の訪問介護スタッフが、6~7軒訪問するのが限界だろう。
これに対し、要介護高齢者が集まって生活をすれば、「24時間介護」「困った時は誰かに相談できる」という安心だけでなく、移動や手待ちの時間を減らし、一人の介護スタッフが効率的・効果的にたくさんのサービスを提供できる。かかりつけの総合医がいれば、不必要な医療費の削減や看取りケアも可能となり、それらは介護報酬や医療費など社会保障費の圧縮につながる。
「自宅で生活できなくなれば、安心できる介護機能の整った住宅に入居できる」となれば、子どもの介護離職や介護離婚、また親の介護を苦にしての自殺や心中も減るだろう。
この効率性に基づく社会保障費の削減が「超高齢社会には、高齢者住宅のインフラ整備が不可欠」とされている最大の理由だ。

しかし、述べてきたように、これまで制度設計ミスと素人事業者の増加によって、効率的・効果的な社会保障費の削減どころか、逆に社会保障費の膨張を招くような施設・住宅ばかりが作られてきた。
莫大な社会保障費と人材を投入して、一定以上の資産階層しか入所できないユニット型特養ホーム。
その結果、民間の要介護高齢者対応の住宅整備は進まず、行き場のない、低資産低収入の要介護高齢者は、無届施設や自立高齢者向けのサ高住に入居せざるを得ない。そこでは、不正な囲い込みと不必要なサービスの押し売りによって、莫大な介護費用、医療費用の搾取が行われ、スタッフによる虐待や隠ぺい、不適切なサービスによって骨折や死亡などの重大事故が多発している。

現在、国交省は、新規開設ではなく、従来の学生寮や社員寮からの改修サ高住の補助金を増額(一戸あたり180万円)しているが、これも欠陥商品しか生み出さない。
学生寮や社員寮は、居室フロアと食堂フロアが分離しているのが前提であり、エレベーターの容量や台数が絶対的に少ないなど生活動線、介護動線にも問題があることから、改修しても「要介護高齢者の生活に適した建物設備」にはできない。
要介護高齢者住宅に必要なのは、一時的に建設費を抑えることではなく、長期的に運営費を抑えることだ。現状は、「効果・効率性」「公平性・公正性」を無視して、ハコモノありきで、社会保障費が搾取される反社会的な集合住宅を、補助金を使って整備しつづけていると言っても過言ではない。

その責任は国だけにあるのではない。
市町村でも、「ユニット型特養ホームの建設補助金が増額になった」「補助金や税制優遇もあり、低価格のサ高住を推進している」という、目先のことしか見えない担当者はたくさんいる。「中央政府の指示に盲目的に従う」「国の補助金はとりあえず使う」という長年の下請け体質によって、「自分の頭で考える」「高齢者施策をマネジメントする」ということができなくなっている。その結果、「不公平と非効率の極み」とも言えるユニット型特養ホームとサ高住ばかりを作り続け、自治体財政の首を自ら絞めているのだ。

また、要介護高齢者の生命を奪った「囲い込み」の悲劇🔗 のような「囲い込み」を原因とする死亡事故が発生しても、拡大する不正 ~認定調査・不正請求・医療への拡大~🔗 で述べたように、不正が明らかな状態がオーブンになっても、事業者に気を遣うかのように慌てて火消しに走り、必死に目をそらしている。それは、この不正な「囲い込みのビジネスモデル」が広がりすぎて、倒産すると困るため、入居者が人質になって手を出せない状況になっているのだ。事業者は、その及び腰の行政の足元を見透かしていて、やりたい放題が加速している。

しかし、これは放置できる問題ではない。
対策が遅れれば遅れるほど、その矛盾は拡大し、修正が難しくなっていく。
特に、サ高住は、有料老人ホームと違い、事前届け出によって対象や事業計画の中身をチェックすることができないため、無計画・無秩序に増えていく。そうなれば、グレーゾーンがどんどん拡大し、医療費、介護費がブラックホールに吸い取られていく。また、このような不適切なビジネスモデルが横行すると、真面目に、適切に運営している介護付有料老人ホームは疲弊し、「低価格」に引っ張られるように不正・不適切な高齢者住宅ばかりが増えていくことになる。

また、 囲い込み高齢者住宅は、超高齢社会の不良債権になる🔗 で述べたように、その経営は脆弱で、事業者に責任感もない。
商品として重度要介護高齢者の増加には対応できず、事故・トラブルは増加し、そこで働く介護スタッフはいなくなり、その多くは「突然倒産、事業閉鎖」「あとは知らない・・」となるだろう。現在は、「孤独死、一年後に発見・・」という高齢者が増えているが、将来的には、「集団孤独死、入居者20人が、3ケ月後に発見」「スタッフ大量離職、事業者が入居者を放置」といった事件が起こるかもしれない。事態はそれほど深刻なのだ。

地域包括ケアシステムは一朝一夕にできるものではない。
早急に、それぞれの自治体の介護人材、社会保障財政は2035年にどのようになっているかという現実を直視し、グランドデザインをつくらなければならない。
超ハイパー高齢社会を支えるための社会資源は絶対的に不足しているため、残されたものは覚悟と知恵と勇気しかない。

やるべきことはたくさんある。
ただ、まず何をすべきか・・どの施策から手をつけるべきか・・は、決まっている。
自治体の最低限の義務は「公平・公正な制度を作ること」「不正で劣悪な事業者を排除すること」であり、施策の中心は重度要介護高齢者の増加に対応できる住まいの整備だ。
「囲い込み高齢者住宅の放置」は、地域包括ケアシステムの崩壊ではなく、国や自治体の崩壊を招くという危機意識を、強く持つことだ。




【特集 1】 「知っておきたい」 高齢者住宅の「囲い込み」の現状とリスク

  ⇒ 高齢者住宅・老人ホームの「囲い込み」とは何か     🔗
  ⇒ なぜ、低価格のサ高住は「囲い込み」を行うのか 🔗
  ⇒ 不正な「囲い込み高齢者住宅」を激増させた3つの原因 🔗
  ⇒ 「囲い込み」は介護保険法の根幹に関わる重大な不正 🔗
  ⇒ 要介護高齢者の命を奪った「囲い込み介護」の死亡事故 🔗
  ⇒ 拡大する不正 ~介護医療を使った貧困ビジネス~ 🔗
  ⇒ 加害者・犯罪者になるケアマネジャー、介護スタッフ 🔗
  ⇒ 超高齢社会の不良債権となる「囲い込み高齢者住宅」 🔗
  ⇒  囲い込みを排除できなければ地域包括ケアは崩壊 🔗

【特集 2】 老人ホーム崩壊の引き金 入居一時金経営の課題とリスク 

  ⇒ 有料老人ホーム「利用権方式」の法的な特殊性 🔗
  ⇒ 脆弱な利用権を前払いさせる入居一時金方式 🔗
  ⇒ 「終身利用は本当に可能なのか」 ~脆弱な要介護対応~ 🔗
  ⇒ 前払い入居一時金を運転資金として流用する有料老人ホーム 🔗
  ⇒ 入居一時金経営 長期入居リスクが拡大している3つの理由 🔗
  ⇒ 有料老人ホームは「リゾートバブル型」の崩壊を起こす 🔗
  ⇒ 「短期利益ありき」素人事業者の台頭と後手に回る法整備 🔗
  ⇒ 有料老人ホーム 入居一時金方式の課題とその未来 🔗







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