これからの要介護高齢者住宅の商品検討において、まず理解しなければならないことは、老人福祉法や高齢者住まい法などの、法令に示された制度基準・最低基準では、要介護高齢者住宅の建物設備設計や介護システム構築はできないということ。「ラーメンが不味い」のは食品衛生法の責任ではない。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 051
この 「建物設計×システム(基本編)」のコラムの目的は、建物設計と介護システムの相関関係を理解し、要介護高齢者住宅に適した建物、適さない建物を考えてもらうことです。
ここまで、現在のユニット型特養ホームに見られる厳格な10人1ユニットのユニットケアと、低価格の介護付有料老人ホームに多い、居室・食堂分離型の建物の介護システムの業務シミュレーションを見てきました。前者は、指定基準である【3:1配置】の2倍以上の介護看護スタッフが必要になる非効率な建物であること、後者は要介護高齢者の生活、介護には適さない建物だということがわかります。
ここから見えてくる鉄則の一つ、これからの要介護高齢者住宅の商品検討において、まず理解しなければならないことは、老人福祉法や高齢者住まい法などの、法令に示された制度基準・最低基準では、要介護高齢者住宅の建物設備設計や介護システム構築はできないということです。
特定施設入居者生活介護の【3:1配置】とは何か
まずは、現在の介護福祉施設(特養ホーム)や特定施設入居者生活介護(介護付有料老人ホーム)の介護看護スタッフの指定基準配置である【3:1配置】とは何かについて、考えてみます。
特養ホームの入所者3名に対して、介護看護スタッフ1名以上という【3:1配置】は、介護保険制度以前の特養ホームの介護看護スタッフ基準をそのまま移行したものであり、特定施設入居者生活介護のスタッフ配置基準もこれを踏襲しています。
そのため【3:1配置】でも、最低限の介護サービスは提供できるだろう・・と考えがちです。
しかし、介護保険制度までの特養ホームと、現在のユニット型特養ホーム・高齢者住宅を取り巻く環境は、3つの点で大きく変化しています。
一つは、居室の変化です。
従来の特養ホームは、病院のような4人部屋が中心で、ベッドがカーテンで仕切られただけのものでした。そのため、最も業務が集中する起床介助でも、一人の入所者をポータブルトイレに座らせ、その間に他の入所者の着替えをする、声掛けをするなど短い時間で、複数の高齢者に効率的に介護をすることが可能でした。
しかし、4人部屋はテレビやラジオもイヤホンで聞かなければならず、プライバシーもないという批判から、有料老人ホームだけでなく、現在、開設されている特養ホームも全室個室が中心となっています。一つの居室の中に入ると、他の入所者・入居者を見守ることができず、すべてマンツーマン介護になりますから、それだけたくさんの労力と時間がかかります。
二つめは、対象となる要介護状態の変化です。
介護保険制度までは「要介護認定」というものがなく、特養ホームには要支援程度の高齢者も多く入所していました。要支援高齢者の老人福祉施設としては、養護老人ホームがありますが、そのほとんどは和室の畳部屋で、自分で布団の上げ下ろしをしなければならならないため、それが一人でできないレベルになると特養ホーム対象だったからです。介護保険制度の開始によって、「特養ホームの入所者は要介護1以上」という基準が設けられましたが、「従来からの入所者は要支援でもOK」という例外規定が設定されたほどです。そのため食事介助や排泄介助が必要な高齢者も半数程度でした。
これに対し、現在の特養ホームは、基本的に要介護3以上の重度要介護高齢者に限定されているため、平均要介護度は3.8となっています。排泄介助や食事介助などの直接介助を中心に、必要な介護サービス量は格段に増えているということです。
もう一つが、介護方法の違いです。
介護保険制度までは、ケアマネジメントというものがなかったため、特養ホームの介護は事業者の定めたスケジュールに従って、6時、9時、13時と、決められた時間に一斉排泄介助を行い、入浴も送迎担当、脱衣室担当、浴室内担当に分かれての流れ作業の集団ケアでした。
これに対して、現在は専門的・科学的なケアマネジメントを基礎とした、個々人の生活リズム・個別ニーズに合わせた個別ケアです。アセスメントによって排泄の間隔や排せつ方法を入所者個別に検討し、入浴介助も送迎から脱衣、入浴までマンツーマンで行います。効率性だけを求めた集団ケアとは違い、それだけ介助の労力も時間もかかります。
以上、3つの変化から、特養ホームにおいても介護の業務量、必要介護スタッフ数は格段に増えています。現在、重度要介護高齢者が中心の特養ホームは、複数人部屋でも平均で【2.2:1配置】、ユニットケア型特養ホームでは【1.7:1配置】となっています(厚労省のデータ)。
このような話をすると、「【3:1配置】そのものが間違っているんじゃないか・・」と思うでしょう。
実際、特養ホームの理事長や管理者と話をすると、「【3:1配置】の介護報酬なのに、実際は二倍程度のスタッフ配置が必要だ・・介護報酬を上げろ・・」という話がでます。
その気持ちはわからなくありませんが、これは少し違います。
同じ、【3:1配置】なのであれば、特養ホームと介護付有料老人ホームは同程度の介護報酬のはずですが、特養ホーム(介護老人福祉施設)の介護報酬は、介護付有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)よりも3万円~5万円程度、高く設定されています。加えて、非営利事業として事業税や法人税なども非課税ですから、施設運営ができないほど介護報酬が低いというわけではありません。
制度上の基準は【3:1配置】ですが、介護報酬の単価や税制優遇なども含め、実態に応じて忖度されているということです。
同様に、介護付有料老人ホームなど、高齢者住宅の経営者からは、「介護保険制度は介護サービスの基本部分を担保する制度なのだから、指定基準の【3:1配置】で基本的な介護サービスが提供できないのは法律違反だ」という怒りの声がたくさんでてきます。
しかし、それも間違いです。何故なら、営利目的で行われている民間の介護付有料老人ホームは、そもそも介護システム構築の考え方が違うからです。
特定施設入居者生活介護の指定基準である【3:1配置】は、要介護高齢者であれば、「要介護1」でも、「要介護5」でも同じです。その中で、どのような高齢者を対象として、どのような介護システムを構築するのかは、それぞれの事業者が決めることです。「重度要介護高齢者が多くなれば、指定基準配置では対応できない」ということを証明しましたが、ほとんどの入居者が要介護1程度で、排泄や食事が自立していれば、建物設備を工夫すれば【3:1配置】でも介護サービスを提供することは十分に可能です。
介護付有料老人ホームは、特養ホームと違い、「上乗せ介護費用」を入居者から徴収できますし、「要介護3以上の高齢者を優先すべき」にもなっていません。
また、要介護度が重くなれば、それに応じて介護報酬は上がっていきます。
そのため、「重度要介護になっても安心・快適」と標榜するのであれば、それに応じた介護システムを事業者が、上乗せ介護費用を設定して構築しなければならないというのが大前提なのです。
【平均要介護3】 【3:1配置】という制度を本質を無視した安易な計画自体が間違いであり、介護ができないのは、そのような介護システムを設定した事業者の責任なのです。
高齢者住宅の建物基準は「要介護高齢者向け」ではない
これは建物設備設計の最低基準も同じことが言えます。
「自立・軽度要介護」と「重度要介護」では商品が違う ? で述べたように、自立高齢者向けの住宅と、要介護高齢者向けの住宅は全く違うものです。
有料老人ホームやサ高住の制度基準は、「高齢者を対象とした住宅には、バリアフリーなど最低限これだけのものは整備してください」というものでしかありません。
特に、サ高住の建物基準は、介護が不要な自立高齢者を対象としたものですから、 バリアフリーに毛が生えた程度のものでしかありません。
逆に、有料老人ホームやサ高住の建物設備基準を、「要介護高齢者専用」にしてしまうと、自立~要支援高齢者の高齢者住宅の整備を排除してしまうことになります。
ただ、そこには車いす高齢者や認知症高齢者など要介護高齢者の生活のしやすさを示す「生活動線」や、介護スタッフの労働環境・介助のしやすさを考える「介護動線」の視点はありません。
事業者が「介護が必要になっても運針・快適」と、要介護高齢者を対象とするのであれば、事業者が制度基準に加えて、独自で生活動線や介護動線を検討しなければならないのです。
介護の専門性を考えると介護報酬が低いということは事実ですが、それとこれとは別の話です。「【3:1配置】では介護ができない」「サ高住の建物整備基準では要介護高齢者に対応できない」というのは当然のことであり、それは「食品衛生法に合致しているのにラーメンが不味い」とラーメン店主が文句を言っているのとほとんど同じなのです。
高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション
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高齢者住宅 「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)
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