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同じ高齢者住宅でも「自立対象」と「要介護対象」は違う商品


なぜ老人福祉施設は、「軽費老人ホーム」「養護老人ホーム」「特養老人ホーム」に分かれているのか。それは要介護状態によって「必要なサービス」が変わるから。同様に高齢者住宅といっても「自立・軽度要介護高齢者住宅」と「重度要介護高齢者住宅」では、求められる機能、介護システム、建物設備は全く違う

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 003


高齢者住宅関連制度の矛盾を理解する 🔗で、述べたように、高齢者住宅が、有料老人ホームやサ高住、住宅型・介護付といった制度に分かれている理由はありません。 しかし、一方の老人福祉施設は、「特別養護老人ホーム」「養護老人ホーム」「軽費老人ホーム」など細かく分類されています。
何故かといえば、「要介護状態」によって必要となるサービスの内容が変わってくるからです


要介護度状態の変化に合わせて移り住むのが前提の老人福祉施設

軽費老人ホームは、自立度の高い高齢者を対象とした老人福祉施設です。
介護が必要なくても、一人暮らしが不安、身寄りが誰もいない、家族との関係が悪く同居できないなど不安を抱えている高齢者はたくさんいます。そのために整備された老人福祉施設です。全室個室で基本的に生活は自由です。ケアハウスも軽費老人ホームの一つです。 介護が必要になれば、外部の訪問介護や通所介護サービスが利用できますが、重度要介護状態になれば、特養ホームに移るのが一般的です。
その施設整備には、これまでほとんどの賃貸アパートが、「独り暮らしの高齢者お断り」だったという社会背景があるのですが、生活相談、安否確認などのサービスが付いた民間のサ高住の増加によって、その役割は小さくなっています。

二つ目は、養護老人ホームです。
経済的な理由や生活環境上の理由から、自宅で生活することが難しい自立・要支援・軽度要介護高齢者を対象とした福祉施設です。アルコール依存症や軽度の精神疾患など、一般の高齢者住宅では対応が難しい高齢者も対象としていますが、入居時には生活が自立していることが原則です。介護が必要になれば、訪問介護や通所介護サービスを利用しますが、軽費老人ホームと同様に、重度要介護状態になれば、特養ホームに移ります。事業者と入所者との直接契約ではなく、市町村が対象者の調査を行い、入所及び施設を決める「措置施設」です。

もう一つが特別養護老人ホームです。
特別養護老人ホームは、重度要介護高齢者を対象とした福祉施設です。介護付有料老人ホームなどの民間の高齢者住宅との役割が分かりにくくなっていますが、経済的な理由、生活環境上の理由から、自宅で生活することが難しいということが前提です。待機者の増加で、基本的に要介護3以上の重度高齢者に限定されています。

このように、老人福祉施設は、経済的な理由や生活環境上の理由など「要福祉」が入所の要件となっていること、そして、「介護が必要になっても安心」ではなく、重度要介護や認知症になり、軽費老人ホームや養護老人ホームでの生活が困難になれば、「特養ホームへ移ってもらう」というのが前提になっているのが特徴です。


『自立~軽度要介護』と『重度要介護』はサービス・商品が違う

高齢者は身体機能だけでなく適応力が大きく低下するため、何度も転居するのは望ましくありません。引っ越しが大きなストレスとなり、認知症を発症する要因になるとも言われています。
特に、高齢者は経済状態や生活環境を変化させ「要福祉」の状況を改善するのは難しいため、施設から出て自宅や一般の住宅に戻るという人はほとんどいません。そのため重度要介護状態になっても転居しないで済むよう、自立~重度要介護まで生活できることが望ましいと言えます。
しかし、なぜ、自立から重度要介護まで対応できる老人福祉施設ができないかと言えば、「自立~軽度要介護」の高齢者の住まいに必要なサービス内容と、「中度~重度要介護」の高齢者に必要なサービス内容は基本的に違うからです。

自立~要支援・軽度要介護高齢者が対象の軽費老人ホームや養護老人ホームで、中心となるサービスは「生活相談」です。生活保護や年金などの複雑な行政手続きの支援、金銭管理ができない人へのサポート、お酒やたばこが過ぎる人へのアドバイスなど、多岐に渡ります。
これに対して、特養ホームで中心となるサービスは「介護・看護」です。
養護老人ホームや軽費老人ホームでも「訪問介護」「通所介護」を利用できるのに、なぜ特養ホームに移らなければならないかと言えば、要支援~軽度要介護と重度要介護では、必要な介護サービスの内容・システムが違うからです。

要介護高齢者が、生活するために必要な介護サービスの内容を分類したものです。
介護と言えば、「排泄介助」「入浴介助」「食事介助」などの直接介助の定期介助をイメージしますが、実際には、体調の変化で必要となる「臨時のケア」、車いすへの移乗、移動などの短時間の「すき間のケア」、更には、直接本人には触れないものの、見守りや声掛け、定期巡回などの間接介助も必要になります。また、コール対応、急変や事故発生時の緊急対応も必要です。

要支援~軽度要介護高齢者の場合、移動や排泄など基本的なことは自分でできますので、「入浴時の介助」「食事の準備」「通院の付き添い」など、一人でできないことだけ介助してもらうという「定期介助」が中心となります。あと必要になるのは、定期巡回や緊急時の対応といったところでしょうか。
ですから、訪問介護を使えば、ケアハウスや養護老人ホームでも生活が可能です。

しかし、重度要介護は移動や移乗、排泄など、ほとんどすべての日常生活に介助が必要な状態です。「お腹の調子が悪いので何度も便がでる」「汗をかいたので着替えたい」など、臨時のケアも多くなります。特に、認知症高齢者はスタッフに体調変化を伝えることも難しくなりますから、状態把握や見守り、巡回などを頻繁に行い、より積極的な介助が必要です。
このように、重度要介護状態になると介護サービス量だけでなく、その中身も変わるため、訪問介護の「ポイント介助」だけでは対応できず、24時間365日の「包括的、継続的な介護システム」が必要となるのです。

介護システムだけではなく、建物設備の考え方も違います。
8人~10人乗りのエレベーターであっても、車いすの高齢者は2人、大型の福祉エレベーターでも4台しか移動できません。車いすの高齢者が増えれば、食堂の広さやアクセス、出入り口の考え方も変わります。トイレもお風呂も、通常私たちが利用するものと、車いすで利用できるタイプのもの、更に介助に適したものとなれば、機能や広さも全く違ってきます。介護動線、生活動線の検討も重要で、必要な介護スタッフ数や入居者の事故発生率にも大きく影響してきます。

これは「学校」といっても、小学校と大学とでは、全く違う機能、カリキュラム、建物設備であるのと同じです。「小学校から大学まで、同じ教室・校庭、同じカリキュラムで勉強します」「高校・大学になると授業数は変わります」という教育システムが可能かどうか考えればわかるでしょう。

これは、高齢者住宅の商品設計にも大きく関わってくる重要なテーマです。
ほとんどの高齢者住宅は「住み替えシステム」はなく、「介護が必要になっても安心」を前提としていますが、実務を考えると住み替えなしに、一つの建物設備・介護システムで「元気から重度要介護まで」という高齢者住宅を作ることは不可能なのです。



高齢者住宅事業の成否は「プランニング=商品」で決まる。

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