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「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ


高齢者住宅ビジネスにおいて「重要が高まる」と「事業性が高い」は同じ意味ではない。特に、介護スタッフ確保、介護保険制度への収支依存など、他に類例のない事業特性を考えた場合、高齢者住宅の事業計画は「開設ありき」ではなく「事業性検討・判断」により注力して進めなければならない。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 037


介護保険施設と高齢者住宅の最大の違いは、前者が制度によって設計指針・運営指針が細かく定められた全国一律・画一的な商品・サービスであるのに対し、後者は一つ一つが個別的な商品・サービスであるということです。同程度の要介護高齢者を対象としていても、立地する地域によってニーズ・商品性、価格設定は変わりますし、定員数や生活介護動線は土地の広さや形状に左右されます。他の事業者との競合、サービス競争にも打ち勝たなければなりません。
高齢者住宅は営利目的の不動産商品ですから、様々な制約の中で、事業者の創意工夫と努力によって、長期安定的な市場価値の高い強い商品を作りあげていかなければなりません。


一体的な事業シミュレーション・リスク検討

高齢者住宅は「住宅サービスと生活支援サービスの分離が前提」という人がいますが、これは全くの間違いです。高齢者住宅は一つの商品であり、事業計画には、ハード(住宅サービス)とソフト(生活支援サービス)の一体的検討が不可欠です。
その理由とそのメリットを、3つ挙げておきます。

① 一体的な事業シミュレーション

高齢者住宅は、入居者の要介護状態によって、介護保険収入、介護サービス量が変化します。その一方で、途中で価格設定やサービス内容の変更が難しいという、矛盾する事業特性を持っています。計画段階で、どのような要介護状態の高齢者が入居するのかを決めるすることはできませんし、当初は平均要介護度が2であっても、加齢や疾病によって入居者の要介護状態は重度化していきます。

そのため、事業計画の基礎は「平均要介護3」「3:1配置」「入居率80%」といった一定の条件での収支予測・利益見込みを立てることではなく、要介護割合の変化、収支の流れ、必要な業務・サービスの変化、介護看護スタッフ数の変化について、様々なケースを検討・想定し、全体像を把握することです。
高齢者住宅の事業特性を理解するには、要介護状態の変化と収支変化、介護システムと建物設備の関係など、「建物設備・介護システム・経営収支」の一体的な検討、事業シミュレーションが不可欠です。

② 一体的な事業リスクの検討

一体的に事業シミュレーションができるということは、一体的にリスク検討ができるということです。
高齢者住宅の安定経営を阻害するリスクは、スタッフ不足、入居者不足といった「経営悪化の要因となるリスク」と、事故やトラブル、クレームなどの「サービス提供上発生するリスク」に分かれます。


多様なケースの事業シミュレーションを進める中で、「この介護システム・価格設定では、平均要介護が2.3以上でないと、利益がでない」「入浴の時に介護スタッフが足りない」「この勤務体系では、夜勤のスタッフが休憩できるのか」など、たくさんの経営上の課題や労働環境の問題点が見えてきます。全体のリスクや事業計画の問題点を明らかにすることで、スタッフ配置、価格設定といった商品の改善や、入居者選定、経営管理上の留意点など、事業をスタートする前に、リスクや対応方法を考えることができます。

③ 事業計画の変更・見直しが容易

一体的検討の最大のメリットは、事業計画の変更・見直しが容易になるということです。
②で述べたように、建物設備と介護システムの一体的検討により、「食堂が狭く車いす利用の高齢者の増加に対応できない」「重度要介護高齢者が増えると、早朝の介護サービス量が増加し、介護スタッフが足りなくなる」など要介護状態の変化によって様々な課題が見えてきます。その「リスク・課題」を整理して、見直し・修正しながら計画を推進することができるのです。



「開設ありき」から事業性検討重視の事業計画へ

高齢者住宅の事業計画において、最も難しく、同時に最も重要な判断は事業計画の中止です。

設計業者、建築業者、設備業者は、「検討すること」ではなく、「建てること」「買ってもらうこと」が仕事です。そのため何とか事業を推進してほしいと考えるでしょうし、「気が変わった」という程度では、計画作業に協力してくれた業者の信頼を損ねることになります。
しかし、リスクや事業性を無視して、開設に突き進むと事業は失敗します。

「開設ありき」にならないための方策は、事業計画を「事業性検討」と「開設に向けての推進」の二つに分けて検討することです。
事業計画において第一の目標とすべきは、開設に向かって猪突猛進することではなく、事業シミュレーションやリスク検討の中で、高齢者住宅という事業の特性をしっかりと把握し、事業推進の可否の判断材料を得るという「事業性検討」です。
この事業性検討の期間は3ヶ月~半年程度は必要です。
その間に、マーケッティング、ターゲット選定、建物設備等の基本図面の設計、事業シミュレーション、事業リスク検討を繰り返し行います。その中で、月額費用が想定している以上に高くなる、この地域・現状では介護スタッフが集まらない…といった、事業計画の課題や方向性が見えてきます。


ここで、事業性が高いと判断できれば、積極的に開設に向けて突き進むことができますし、逆に、リスクが高い、事業性が低いと判断される場合は、計画を中止・見直し・延期することになります。協力業者にも、事前にその計画推進方法をきちんと説明しておけば、トラブルになることはありません。
大きな制度変更が迫っている場合、その内容を確認してから最終判断するということもあるでしょう。

もちろん、どれほど詳細に検討してもリスクをゼロにすることはできませんが、リスクを理解した上で進むのか、業者に流されるように進むのかによって、その方向性は全く違ってきます。
また、事業の方向性・リスクを理解し、計画を中止する・延期するということは、事業を推進するということと同様に、重要な経営判断です。新規参入の場合、経営コンサルタントに事業計画の策定の協力を依頼するということもあるでしょうが、その場合も、「開設ありき」の業者ではなく、「事業性検討まで」と「開設支援まで」ときちんとわけて、契約をすることが必要です。



高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション

  ⇒ 大半の高齢者住宅は事業計画の段階で失敗している 
  ⇒ 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
  ⇒ 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する  
  ⇒ 業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~
  ⇒ 高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の食堂 ~食堂設計 × 食事介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の浴室 ~浴室設計 × 入浴介助 考~

「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)

  ⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
  ⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
  ⇒ 小規模の地域密着型は【2:1配置】でも対応不可 (証明)
  ⇒ ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍以上 (証明)
  ⇒ 居室・食堂分離型の建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明) 
  ⇒ 居室・食堂分離型建物では介護システム構築が困難 (証明)
  ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~制度基準とは何か~
  ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~




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