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「地域包括ケア」が進まない理由 ~危機感・責任感の欠如~

地域包括ケアが進まない最大の理由は、自治体の危機意識、責任感の欠如。

長期的な視点の乏しい前例主義、国からの指示待ちという体質は変わらない。


 

地域包括システムについては、「〇〇市モデル」といった先進的な取り組みが紹介されています。
それらの取り組みや手法を学び、参考にすることは必要ですが、「〇〇モデルに沿ってそのまま導入」というものではありません。地域包括ケアシステムは、これまでの全国共通の高齢者介護医療システムからの脱却であり「すべての地域に適用できる標準的なケアシステム」というものはないからです。
それぞれの市町村で、それぞれの地域の特性、ニーズを把握し、限りある地域内の社会資源(財源・人材)を効果的、効率的に運用し、公平・公正に、長期安定的に稼働できる独自の「地域包括システム」を、知恵を絞って構築しなければなりません。
しかし、そう容易なことではありません。

 

~財源人材不足、社会保障頼みの民意~

一つは、財源や人材が絶対的に不足しているということです。
多くの自治体で、今後、自宅で生活できない重度要介護高齢者、認知症高齢者が激増します。
しかし、財源も人材も全く足りません。単純に計算しても、対象となる重度要介護高齢者は二倍になるのに、使えるお金は(良くて)据え置き、介護人材は逆に減少していくからです。「需要の増加に合わせて、必要なサービス種類、サービス種類を整備していけばよい」といった単純なものではありません。

また、この「地域包括ケアシステム」は、更地の状態から作り上げていくのではありません。
要介護高齢者の増加に対応できない介護付有料老人ホーム、不正な「囲い込み」を続ける一部のサ高住や住宅型有料老人ホーム、その存在自体が不法である無届施設、赤字垂れ流しの公営病院など、地域によってはすでに多くの不良債権を抱えています。また、莫大な社会保障費を投入した作ったユニット型特養ホームも、ニーズのミスマッチと人材不足で、待機者が増加する一方で、稼働していない地域もあります。同じ市町村の中でも、サービス種別のばらつき、エリアの不均衡など様々な課題を抱えています。
「地域包括ケア」は財政・人材の問題だけでなく、現在の「不良債権」「不良事業者」といった有形無形の負債も抱え込んで、対策を講じなければなりません。

二つ目は、「国民・市民」の意識の変革です。
これまで国政選挙、地方選挙に関わらず、右から左まで、すべての政治家が「社会保障の充実」「福祉国家への推進」を旗印に掲げてきました。「社会保障、セーフティネット」と言えば、「あれも、これも」と何でもありの時代が長く続いた結果、社会保障財政も国や地方自治体の財政も借金まみれとなり、これから本格化する「超ハイパー高齢社会」を前に破綻寸前の状態です。社会保障の充実は憲法に規定された国の責務ですが、現在の制度は、財政的にも人的にも、とても維持できるような制度ではありません。「国・自治体が財政破綻しても、社会保障制度だけが残る」などということは、ありえないのです。

これからは、社会保障費の膨張の矢印を、一気に逆方向に向けなければなりません。
「社会保障費の増大=善」という考えを捨て、戦略的に縮んでいかなければならないのですが、「社会保障依存症」の国民・市民の意識を変革させるのは、そう容易ではありません。

 

~一番の問題は、自治体の危機意識の欠落~

もう一つ、最大の障壁は、主導すべき自治体のマネジメント能力・意識の欠如です。
マネジメントという言葉を、日本語に訳せば「経営」です。
これからの市町村長、都道府県知事には、企業経営者以上の高い行政マネジメント能力が求められます。限られた財政や人材などの社会資源を使って、「要介護高齢者の安全・安心の医療・介護」という最大限の果実が得られるように、それぞれの市町村のかじ取りをしていかなければなりません。

しかし、これまでの社会保障政策は、国が頭(ブレイン)となってすべての政策・計画を決定し、都道府県や市町村は、手足となってそれを実行するという中央集権型でした。そのため、多くの自治体で「お上(国)に言われたことだけをやっていればよい」という意識から抜け出せず、責任感をもってマネジメントを主導していくという意識が醸成されていません。
それが、「地域包括ケアシステム」が前に進まない最大の理由です。

地域包括ケアが進まない自治体の特徴
〇 「国からの指示待ち」という、これまでの体質から抜け出せない
〇 10年後、20年後に財政はどうなっているか、という長期的視点が欠如
〇 前例主義で、それまでの事業計画を踏襲した事業計画しか作成できない

地域包括ケアが進まない、マネジメント意識の低い自治体の特徴を三つ挙げておきます。

一つは、「国からの指示待ち」という体質から抜け出せないということです。
これからは、「国から言われたことをやればよい」ではなく、「どのような地域特性・地域ニーズがあるのか」「どのような指針・戦略で進むのか」を自ら考え、実行していかなければなりません。しかし、いまだ、「厚労省に方向性を出してもらえるよう伝えます」「国に確認をします」と、独自の方針を、何一つ示すことができない自治体がたくさんあります。

二つ目は、長期的な計画性に乏しいということです。
超ハイパー高齢社会のリスクは、今後50年以上続く過酷なものです。そのため「地域包括ケアシステム」は、少なくとも20年、30年先を見通した長期安定的なシステムであることが求められます。
しかし、「5年後、10年後の当市の社会保障費はどうなっていますか?」「介護保険料や市の財政負担がどの程度になるか試算していますか?」と聞いても、「制度や報酬が変わるので試算しても数字が変わる」「試算の数字だけが表にでると混乱の恐れがある」と、5年、10年先の需要見込みさえ、立てていない自治体もあります。

超ハイパー高齢社会は、直線的にやってくるリスクです。今の段階でも、これからその都道府県や市町村で、要介護高齢者・介護需要がどれくらい増えるか、その時に財政がどうなるのかは、ほぼ確実に推計できます。将来の財政や需要増加の見通しがなければ、何を基準にして地域包括ケアシステムを構築するのか、どのような方針をとるのか決めることなどできません。
それは、社長が、預金残高や製品コストを知らないまま、会社経営をするようなものです。

最後の一つは、前例主義です。
地域包括ケアシステムは、高齢者施策のマネジメントの責任が市町村に移るということです。
しかし、3年ごとに市町村で作成される介護保険事業計画においても、「どの地域にサービスが足りないのか」「どのようなサービスが不足しているのか」を十分に検討することなく、
「今後3年で65歳以上高齢者が15%増加する見込み」
「それに合わせて現在のすべての種別の介護サービス量を、それぞれ15%増加する予定」
「これによって、介護保険料も15%増加する見込み」
と、国の参酌標準の時代の計画をそのまま踏襲しています。「地域包括ケアシステムは地域主導で・・」と言いながら、実際にやっていることは、何も変わっていないのです。

実は、これは5年ほど前に介護保険事業計画の策定委員をしていた時の、私が住んでいる政令指定都市の話です。介護保険課の係長に「このままでは介護保険や市の財政が大変なことになるよ・・」と話をしたところ、「社会保険ですから破綻しませんよ。自己負担は2割、3割になるでしょうし、保険料も2倍、3倍になるでしょうけどね。超高齢社会だから仕方ないですよ・・ハハハ」と笑われ、閉口したことを覚えています。高齢者になる前に引っ越しをしようと思っているのですが、この話を他都市ですると、「この市も、ほとんど同じレベルですよ」という残念な答えが返ってきます。

「地域包括ケアシステム」の構築は、その市町村の未来を決める大事業なのですが、その中心となるべきである自治体の多くで危機感、責任感が、絶対的に欠けているのです。
それが、「地域包括ケア」が進まない、最大の理由だといって良いでしょう。

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