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高齢者住宅関連制度の矛盾を理解する ~その課題と未来~


介護サービス事業は、通常の「B to C」ではなく、社会保障政策(アドミニストレーション)が、収支・事業の基礎となる特殊な「A to B to C」。現在の高齢者住宅制度には矛盾が多く、それが社会保障財政悪化の要因となっている。制度のスキを突いたようなビジネスモデルでは、生き残ることは不可能。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 002


経営用語では、メーカーや卸問屋など企業間のビジネスモデルを「B to B」、一般小売や飲食店など、一般消費者向けのビジネスモデルを「B to C」と言います。それぞれ、B(ビジネス・事業者)とC(カスタマー・消費者)双方が、その商品やサービスの中身、価格に満足してれば、その関係は維持され、事業は安定します。


高齢者住宅事業も、事業者と利用者の関係である「B to C」モデルに見えますが、介護サービスの費用を支払っているのは利用者だけではなく、その90%は公的な介護保険制度から出ています。
これは、高齢者住宅事業の本質に関わる特性です。介護サービス事業は、A(アドミニストレーション・行政施策)が大きく関与する、他に類例のない特殊な「A to B to C」のビジネスモデルなのです。そのビジネスモデルを考えると、介護サービス事業、高齢者住宅事業が安定するためには、まずは、その根幹となる高齢者住宅関連制度、介護保険制度や介護報酬が安定しなければなりません。
しかし、残念ながら、現在の高齢者住宅関連制度は矛盾だらけです。 この制度矛盾、混乱が、高齢者住宅経営を不安定にしている最大の原因です。
高齢者住宅に関係する制度矛盾は、大きくわけて3つあります。


有料老人ホーム」と「サービス付き高齢者向け住宅」の矛盾

現在の民間の高齢者住宅制度は、厚労省の管轄する「老人福祉法」を基礎とする有料老人ホームと、国交省の作った「高齢者住まい法」に基づく、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に分かれます。それぞれに建物設備やサービス内容についての、最低基準が示されています。
有料老人ホームの目的は「入居者保護」であり、その開設には行政との事前協議が必要です。 一方のサ高住の目的は、「広報・情報提供」であり、登録用紙を一枚提出すれば、その翌日からでも「サービス付き高齢者向け住宅」として経営できます。

しかし、「有料老人ホームとサ高住の違いがよくわからない」という声は少なくありません。それは、担当省庁や基準の違いを説明することはできますが、なぜ二つの高齢者住宅制度があるのか、二つに基準が分かれているのか、また一方にだけ補助金や税制優遇があるのかを誰も説明できないからです。
実際は制度が二つに分かれている理由は皆無であり、補助金や利権目的に作られた厚労省と国交省の「縦割り行政・省庁間の歪み」の典型例だといって良いでしょう。入居者保護を後回しにして、安易に登録数を増やすことを優先した結果、無軌道に素人経営のサ高住や無届施設が増加しているのです。


介護付(特定施設入居者生活介護)」と「住宅型(区分支給限度額方式)」の矛盾

二つ目は、高齢者住宅に適用される介護報酬の矛盾です。
現在の高齢者住宅の介護報酬は、大きく2つに分かれています。

一つは、特定施設入居者生活介護で、現在の介護付有料老人ホームに適用される介護報酬です。
これは、特養ホームや老健施設と同じように有料老人ホーム事業者に直接雇用された介護看護スタッフが24時間常駐し、介護看護サービスの提供を行います。要介護度別に一日あたりの介護報酬が設定されており、要介護度が同じであれば、どれだけ介護サービスを受けても一日あたりの介護報酬は同じです。これを「日額包括算定方式」と呼んでいます。
もうひとつは、区分支給限度額を基準とする算定方法で、住宅型有料老人ホームに適用される報酬体系です。これは高齢者住宅が直接介護サービスを提供するのではなく、入居者それぞれが外部の訪問介護や通所介護と契約して、介護サービスを受けるというものです。利用したサービス内容・回数に応じて報酬が算定されるため、これを「出来高算定方式」と呼んでいます。

この二つの制度の違いが、対象者の区分けや高齢者住宅の入居者の選択肢の幅を広げるなど、何かメリットや役割があるのであれば納得ができます。しかし、「介護付」「住宅型」だからと言って、入居対象が違うわけではなく、どちらも「介護が必要になっても安心・快適」と説明しています。特に、最近は、「介護付じゃないけど、訪問介護付で安心・快適」という住宅型、サ高住が増えており、全国の有料老人ホームの入居者の平均要介護度は「介護付が2.48」に対して、「住宅型は2.72」と住宅型有料老人ホームの方が重くなっています(株式会社 TRデータテクノロジー調べ)。


特養ホーム(老人福祉施設)と高齢者住宅の矛盾

もう一つは、老人福祉施設、介護保険施設である特養ホームと高齢者住宅の矛盾です。
現在の個室型のユニット型特養ホームの月額費用は13万円~15万円程度ですが、まったく同じ建物設備、同じサービス内容で、その隣に介護付有料老人ホームを作ると30万円~35万円になります。それは建設補助や投入される社会保障費が違うからです。その金額は年間一人当たり180万円にのぼります。

厚労省は、「特養ホームの申し込み対象者を要介護3以上の重度要介護高齢者」に限定していますが、そうであれば、介護付有料老人ホームなど民間の高齢者住宅は重度要介護高齢者を対象にすべきではありませんし、住居というよりも「施設入所までの待機場所」以外、その存在意義もありません。また、セーフティネットですから、「要介護3以上」のすべての高齢者が希望すればすぐに入所できるように整備しなければ、その役割を果たせません。

問題は、それだけではありません。
「特養ホームは月額費用13万円~15万円で安い」といっても、実際の生活費を含めると15万円~18万円程度が必要となります。低所得者への減額制度も機能していないため、預貯金の少ない、年金収入の低い低所得者はユニット型個室には入れません。そのため、低所得者の申し込みは、従来型の4人部屋の特養ホームに集中し、「相部屋の特養ホームの待機者は全国で30万人、数年待ち」「一部のユニット型特養ホームは、入所者不足でガラガラ」という状況になっているのです。

今起きている、高齢者住宅を巡る様々な問題はすべて、この3つの制度矛盾に起因しています
高齢者住宅選びの本の中には、最初のページに「あれは施設だ、こっちは住宅だ」と分類図が書いてありますが、その役割や目的が輻輳しており、まったく意味をなさないのです。
制度の混乱は劣悪な高齢者住宅の増加だけでなく、財政悪化の要因でもあります。
本来、要介護高齢者が集まって生活すれば、移動時間や待機時間がないため、一軒一軒の自宅を回るよりも一人のスタッフが効率的・効果的に介護サービスを提供することが可能です。しかし、これら制度の基礎に大きな矛盾があり、その整備や指導監査の体制も整っていないことから、「高齢者住宅が増えれば、財政が悪化する」」という全く逆の状況になっているのです。


制度矛盾を逆手にとったビジネスモデルは崩壊する

高齢者住宅産業の健全な発展のために業界団体がやるべきことは、「特養ホームの役割の限定」「介護付と住宅型の統一」など、その制度矛盾を解消し、まずは公平・公正な競争環境が整うように、政府に働きかけることです。しかし、残念ながら、現状は、この制度矛盾のスキをついた、安易で脆弱なビジネスモデルが激増しているのです。
その一つが、社会問題となっている「囲い込み」です。

サ高住も、有料老人ホームと同様に特定施設入居者生活介護の指定を受け、いわゆる「介護付サ高住」になることはできますが、現在のところ、そのほとんどすべては区分支給限度額方式を採用しています。それは何故かと言えば、特定施設入居者生活介護の介護報酬よりも、区分支給限度額方式の方が、その限度額全額を使ってもらえば、受け取れる介護報酬が高くなるからです。下の表のように、その差額は重度要介護高齢者になるほど大きく、要介護3では月額8万円、要介護5になると13.5万円になります。

そのためサ高住や住宅型有料老人ホームで、同一法人や系列法人で訪問介護や通所介護を併設し、医療機関と連携し、家賃や食費を低価格にして入居者を囲い込んで、介護サービスや医療を集中的に利用させて利益を上げるビジネスモデルが横行しているのです。

「併設サービスを使ってもらう」「限度額一杯までサービスを利用する」という囲い込みは、それ自体が不正ではありません。しかし、その中身を精査すると「介護認定調査の不正」「ケアマネジメントの不正」「介護報酬の不正請求」など、介護保険制度の根幹に関わる不正が隠れています。サ高住や無届施設の事業者は、「われわれも儲かっているし、利用者も喜んでいる」「ウインウインの関係だ」などと言いますが、それは介護保険財政、社会保障財政にしわ寄せがきているにすぎません。

繰り返しになりますが、介護ビジネスは、他に類例のない「A to B to C」のビジネスモデルです。
今後、最も困難に直面するのが、Aの社会保障財政です。
誰が考えても、グレーゾーンの「囲い込み型のビジネスモデル」が続けられるはずがないのです。
2018年度介護報酬改定で「集合住宅への減算」が行われる予定ですが、その締め付けは今後ますます厳しくなるでしょう。
このような矛盾の多い制度に依存した、制度のスキを突いたようなビジネスモデルは、非常に脆弱です。
短期的に利益が出ているように見えても、必ず崩壊するのです。



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