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商品を作る ~制度基準に沿って作った高齢者住宅は欠陥品~


有料老人ホーム、サ高住の建物設備基準では要介護高齢者には対応できない。同様に「特定施設入居者生活介護基準を満たしている」「訪問介護・通所介護を併設している」だけでは重度要介護高齢者の増加には対応できない。制度基準に沿って作られた高齢者住宅はまったくの欠陥商品。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 004


有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の建築設計において、一般のマンションやアパートと最も違う点は、それぞれ床面積、構造や設備などに独自の基準が設けられているということです。
これは、特別養護老人ホームや老人保健施設でも同じです。
そのため、「制度基準に沿って作ればよい・・」と考えがちですが、これは大きな間違いです。
「高齢者住宅は特養ホームのような施設ではなく、一般の住宅」
「施設的なものではなく、一般のマンション・アパートに近いものを作るべき」
と早とちりをしている人ほど、この間違いを犯しやすくなります。
それは、「要介護高齢者に適した住宅はどのようなものか」という入居者目線の商品設計ではなく、「とりあえず施設的なものはダメ」「特養ホームに近いものはダメ」という制度的発想に陥るからです。


有料老人ホーム・サ高住の建物基準は要介護高齢者対応ではない

一般の賃貸アパートや賃貸マンション、オフィスビルなどの設計において重要になるのが「レンタブル比」です。それはその建物の総面積の内、「貸し出し対象」となる面積の比率を言います。
例えば、同じ土地、同じ建物面積でも30㎡の部屋が10室しか取れない設計と11室取れる設計とでは、収益性が一割変わってきます。同じ10室しか取れない場合でも、一部屋30㎡なのか35㎡なのかによって、取れる家賃や競争力は変わってきます。これが賃貸マンション設計の基本的な考え方です。

高齢者住宅でも、自立高齢者のみを対象としたものであれば、それで良いかもしれません。
しかし、高齢者住宅に入居を検討する高齢者、家族の最大のニーズは「要介護状態になっても暮らせること」であり、要介護状態になっても生活しやすい建物設備設計であることが大前提です。
また、その収益モデルを考えると、住宅サービス部分ではなく、介護看護サービスなど、生活支援サービス部分が大きくなります。介護しやすい建物設備と介護しにくい建物設備では、必要な介護スタッフの人数は違ってきますし、入居者の事故やトラブルの発生率、介護スタッフの離職率も変わります。


そもそも、有料老人ホームやサ高住の建物設備基準は、どちらも「高齢者の住まいはこんな設備や機能が必要ですよ…」「バリアフリーが必要ですよ…」という程度のものでしかなく、「要介護高齢者の生活」「要介護高齢者に適した建物設備設計」を想定して作られていません。「要介護高齢者に対応できるか」という視点で見ると、まったく不十分、不適格な基準なのです。

そのため、基準のままに作った建物で、要介護高齢者が増えてくると、
「食堂が狭いために車いすの挟み込み事故、転倒事故が多発」
「食事時間になると、エレベーターが大混雑し、移動介助に相当の時間がかかる」
「食堂や浴室の近くにトイレがないので、また居室まで戻らなければならない」
と、入居者の生活や介護スタッフが大混乱することになります。

そもそも、「建物設備が、施設的か否か」というのは、作り手の思い込みであって、入居者から見れば「介護が必要になっても使いやすいもの」が重要であることは言うまでもありません。制度基準を満たせば、サ高住や有料老人ホームとして開設することはできますが、高齢者住宅という商品としては間違いなく欠陥商品なのです。


介護保険制度は「安心・快適」を担保する制度ではない

これは、介護保険制度も同じです。
「介護付有料老人ホームなので介護が必要になっても安心」
「訪問介護が併設されており、介護サービスが利用できますから安心」
というセールストークをよく聞きますが、そもそも介護保険制度は「安心・快適」を担保している制度ではありません。
介護保険制度は、「基本部分を超えるサービスは利用者の選択のもと、自己負担でサービスを補う」ということが大前提であり、「保険による介護」と「自費による介護」の費用の混合が制度の原則です。
つまり、介護保険は「介護の基礎部分」、つまり「最低限の介護サービス」を提供するものであって、必要十分で「安心・快適」なサービスを提供するものではないのです。

この話をすると、特定施設入居者生活介護の基準配置【3:1配置】で運営している低価格の介護付有料老人ホームの経営者は、「価格を抑えているのだから、最低限度の基本的な介護しかできないのが前提」「それは入居者も家族もわかっているはずだ」と答えます。

しかし、残念ながらわかっていないのは、その経営者です。
それは、「介護が必要になっても安心」と標榜して入居者を受け入れている以上、価格設定や介護スタッフ数に関わらず「介護サービスの提供責任」は同じだからです。低価格だから、基準配置だからといって、転倒事故が発生しても免責になるわけではありませんし、クレームやトラブルが減るわけでもありません。重度要介護高齢者が多くなると、必要なサービス量は増えていきますから、見守りなどの間接介助が減り、介護スタッフが走り回ることになり、事故やトラブルが増えます。
その結果、過重労働に耐えきれず、介護スタッフがどんどん辞めていくことになるのです。

これは、区分支給限度額方式をとるサ高住や住宅型有料老人ホームも同じです。
介護保険制度の原則を考えると「介護報酬の指定基準=介護システム」ではありません。
特に、通常の訪問介護では、「臨時のケア・すき間のケア」「見守り・声掛け」は算定対象外ですから、介護保険以外で、別途その体制を構築する必要があります。高齢者住宅が、「介護が必要になっても安心・快適」を標榜するのであれば、事業者は、重度要介護状態になっても安全に生活できる介護システムを、また介護スタッフが安全に介護できる労働環境を整える義務があるのです。

建物設備同様に、「介護保険制度の基準を満たしている」と言えば開設はできますが、それだけでは、とても要介護高齢者には対応できず、高齢者住宅としてはまったくの欠陥商品なのです。


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