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労働人口激減というリスクに、介護はどう立ち向かうか ②


高齢者介護は、労務集約的な仕事だが、単純労働ではなく、高度な知識、技術が必要な専門的な仕事。「仕事がないから介護でも・・」という人材はいくら集めても、質の高い介護はできない。「介護のプロになりたい」という意欲のある人材を集めるために必要な視点。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 035


労働市場は、景気の波に連動します。
景気が上向きになれば人手不足となり、景気が悪くなれば、失業率は高くなります。
今の日本は、バブル崩壊後の長いデフレスパイラルのトンネルを抜けつつあり、介護業界だけでなく、多くの業界で、人手不足が顕著になっています。ただ、好景気、不景気と波のように変動しますから、また経済が減速すれば、介護労働市場にも人が戻ってくることになります。

しかし、高齢者介護は、労務集約的な仕事ですが、単純労働ではなく、高度な知識、技術が必要な専門的な仕事です。「あっちの水は甘いぞ、こっちの水は苦いぞ」と「他に良い仕事がないから、介護でも」という安易な気持ちで働く人の頭数をいくら集めても、質の高い介護はできません。
介護システム構築ために最も重要なことは、意欲のある介護スタッフを集め、育てるための工夫です。


意欲の高い介護スタッフを集めるために

現在の介護の求人を見ると、「他の老人ホームでの経験者優遇」「即戦力のある人材を求めている」という事業者が多いのですが、そのような経営者のもとには、決して優秀な人材は、集まりません。
それは「当事業所は教育や研修のシステムが整っていません」「当ホームにきても、介護のプロとして成長できません」と公言しているのとほぼ同じだからです。我流の介護の中途半端な経験者ばかりが集まって、「以前のホームではやり方が違った」「自分のこれまでのやり方でやります」と言い始めれば、チームケアどころか、業務・サービスの統一ができなくなります。

求めるのは、経験や資格ではなく「介護のプロになりたい」という成長意欲のある人材です。
その成長意欲のある介護スタッフを集めたいのであれば、プロとして成長できる環境を整える、教育・研修のノウハウを整えなければなりません。
何を伝えていくのか、どのような視点でサポートするのか、そのポイントは、大きく4つに分かれます。

① 資格取得のサポート・支援

一つは、資格取得のサポート・支援です。
介護の仕事は、資格がないと働けないというものではありません。特に介護付有料老人ホームや特養ホームでは未経験、無資格でも介護スタッフとして働くことは可能です。
しかし、介護の仕事に資格は必要ないか‥と言えば、そうではありません。
ベテランの中にも、「介護や福祉は資格ではなく経験だ・・」「資格試験と実際の介護現場は違う・・」という人がいますが、これは全くの間違いです。
述べたように、高齢者介護は、高度な技術や知識が必要な専門的な仕事です。
資格は、介護をつくってきた無数の先人たちが、蓄積した経験や失敗から、重要な知識・技術を抜粋し、そのノウハウを整理、集約したものであり、必要な技術、資格を効率的に取得でき、かつ効果的にステップアップできる最良の手段なのです。
厳しいようですが、いかに経験豊富やベテラン介護職だといっても、我流の介護は、専門性の低い、独善的な個人の経験でしかありません。

また、介護は、個人プレーではなくチームケアです。一人、二人の介護スタッフが専門的な優れた知識、技術を持っていても、サービスの向上はできません。
そのため、資格の重要性を全スタッフに理解させるとともに、キャリアアップのためにその取得のサポートを積極的に行わなければなりません。現在、多くの高齢者住宅、介護保険施設で、介護福祉士の資格所持者に対して「資格手当」を設定していますが、これはあくまで資格の所持に対する手当です。新しい資格取得に対する支援、アプローチではありませんし、新しい資格取得のモチベーションにもなりません。「介護福祉士を持っていればそれでいいや・・」ということになってしまいます。

例えば、介護福祉士でも、ケアマネジャー、福祉用具専門相談員、福祉住環境コーディネーターなど、関連する資格はたくさんありますし、公的資格でなくても、民間の福祉レクレーションワーカーなどの任用資格もあります。高齢者住宅の生活相談員や管理者は、福祉関係の資格だけでなく、不動産取引のプロである「宅地建物取引士」やお金の専門家である「ファイナンシャルプランナー」、また年金や社会保障制度の資格である「社会保険労務士」も関係する資格だと言えます。

定期的な個人面談を行い、「どのような介護をしたいのか」「どのようなことに興味があるのか」「どんな勉強をしたいか」を聞いて、目的付け、意識付けをするだけで、取り組みは全く変わります。視覚障害のある高齢者のために点字を勉強する、聴覚障碍者のために手話を習いたいという人もいるでしょう。

上にスタッフ教育の全体像を示しましたが、始めから、人事教育制度まで、すべてプログラム化、システム化しないとできないというものではありません。「受験料は事業者がもつ」「資格取得に向けて業務を調整する」「一年の内、●●日以内で研修は有給にする」「資格者団体の会費は経費として負担する」など、小さな事業所、単独事業所でも、できることはたくさんあるはずです。

② ケアマネジメント

二つ目は、ケアマネジメントの徹底理解です。
介護保険が始まる2000年までは、特養ホームなどでも、起床から就寝まで事業者の定めた生活スケジュールに沿って介護が行われてしました。
しかし、このような集団ケアと呼ばれる介助方法では、高齢者それぞれの生活リズム、生活スタイルをくみ取ることはできません。その結果、高齢者は生きがいをなくし、依存度が高くなり、無気力となり認知症が悪化するなどの課題が指摘されていました。そのため、入居者それぞれの個別ニーズを基礎とする「個別ケア」が求められるようになり、介護保険制度の中で明文化、制度化されました。

この個別ケアの実践を検討する作業全体をケアマネジメントと言い、その過程や成果を書類にまとめたものがケアプラン、その策定支援を中心となって行う専門職がケアマネジャーです。
このケアマネジメントの導入で、高齢者介護は大きく変わりました。

一つは、介護保険法、及び民法(利用者との個別契約)に基づいて提供されるということです。
介護保険までの介護は、その中身も提供方法も、それぞれの法人、事業所で独自に定められたものでしたが、現在のケアプランは、本人・家族にケアプランの中身を説明し、承諾、押印の下でスタートします。最近、「介護サービス」という言葉を使いますが、これは「介護はサービス業だ・・」といった理念や概念の話ではなく、契約のもとで提供される明確な商品・サービスなのです。

二つ目は、専門的、科学的な見地に基づく介護だということです。
「ケアマネジメント、個別ニーズに基づいて策定する」ということが原則ですが、ケアマネジャーは家族、入居者の希望するままにプランを作るわけではありません。共通の「アセスメントツール」に基づいて、生活課題やリスクを導き出すというのがルールです。それは、介護一つ一つに、専門的・科学的な根拠があるということです。

そして、もう一つ重要なことは、チームケアであるということです。
ベテランの介護スタッフや看護スタッフの中にも、「ケアマネジメントは、ケアマネジャーの仕事だ」「ケアプランは、介護サービスの計画書、介護報酬算定の管理表」だと考えている人が多いのですが、それは全く違います。
介護看護スタッフは、それぞれ自分に与えられた介護、看護業務だけを個別に行えばよいというものではありません。それぞれの要介護高齢者が安全、快適に生活できるように結成された生活支援チームの一員として、その生活を支えているという考え方です。介護スタッフ、看護スタッフだけでなく、相談スタッフ、食事スタッフ、リハビリスタッフ、外部の医師、そして家族を含め、全員がケアマネジメントの一員なのです。一部からは「オムツ替えが大変だ・・」「家族が、あれこれうるさい・・」などという不満を聞くことがありますが、それはケアマネジメントが理解できないから、自分の仕事、役割、生活支援の全体像が見えていないからです。
資格を持っていても、また、どれだけ個人の介護技術、介護知識が充実していても、ケアマネジメントの理解なくして、プロの介護とは言えません。

③ リスクマネジメント

三つ目はリスクマネジメントです。
高齢者住宅、介護保険施設などのパンフレットには「安心・快適」といった美辞麗句が並んでいますが、それはそう簡単なことではありません。
そのサービスの対象は、身体機能や判断力の低下した高齢者、要介護高齢者ですし、認知症によって予測のできない行動を起こすこともあります。歩行時に転倒、一瞬目を離したすきに溺水、口におしぼりを入れて窒息など、生活上・介護上の事故は毎日のように発生しますし、入居者間のトラブル、感染症や食中毒、また、火災や災害など、様々な問題が発生します。また、介護保険制度の導入で、サービス利用に対する入居者、家族の権利意識は強くなっており、クレームや苦情も多く発生します。
高齢者住宅や介護ビジネスを開設することは簡単にできますが、長期安定的に経営・サービスを提供することはそう容易ではありません。

最近は、介護業界でも、「リスクマネジメント」の重要性が叫ばれるようになりましたが、その取り組みは大きく遅れています。

その原因の一つは、古い体質、甘えの構造を引きづっているということ。
介護保険制度が始まるまで、高齢者介護は老人福祉施策の中で行われていましたから、「福祉にお世話になっている」という意識が強く、介護の内容やスタッフの言動に不満があっても、苦情を言う人はほとんどいませんでした。そのため、「介護はサービス業だ・・」「お客様第一主義」などと言っていても、家族からクレームや不満を言われると、「うるさい家族だ」「文句があるなら自分で介護しろ」などと陰口をいっている人は少なくありません。

もう一つは、閉鎖的な環境です。
働く介護看護スタッフだけでなく、入居者・家族もそのほとんどが、高齢者住宅に入居するのは初めての経験です。ほとんどの高齢者住宅で、「自分たちの介護は平均点だ」「みんな頑張っている」と考えていますが、外から見ると、そのサービス内容、サービスの質は全く違います。サービスの質は二極化しており、大手事業者の中にも、いつ、死亡などの重大事故が発生してもおかしくない、とんでもない介護をしているところもあります。
また、介護看護スタッフや入居者が限定される閉鎖的な環境でサービスが提供されているため、死亡などの重大事故が発生しても、真実が明らかになりにくく、業界全体として積極的な議論、公開が進んでいません。

「安心・快適」の基礎となるのは、「安全」です。
しかし、実際、ホーム長や管理者と言われる人と話をしても、「すべての事故、トラブルが事業者の責任ではない」というばかりで、「どのようなリスクがあるか整理・理解しているか」「事業者の事故の責任の範囲を理解しているか」「事故の法的責任を理解しているか」といった基本的な質問にも答えられる人はごく一部です。「事故報告書だ・・」「介護マニュアルの整備だ・・」と言いながら、ほとんど進んでいないのが実態です。

高齢者住宅のサービス管理は、「リスクマネジメント」に集約されると言っても過言ではありません。
適切なリスクマネジメントができていないと、入居者だけでなく、働く介護看護スタッフも事業の継続も守ることはできません。
このリスクマネジメントの徹底理解は、介護のプロには不可欠な知識・技術、能力です。

④ 経営マネジメント

最後の一つは、経営マネジメントです。
現行制度で介護システムを構築してはいけない🔗  で述べたように、介護サービス事業、高齢者住宅ビジネスの最大の特性は、その事業収入の基礎を公的な介護保険制度に依存していることにあります。その他にも、「介護看護など専門性の高い事業であること」「建築費・人件費など固定費の高い事業であること」「大規模修繕など単年度収支ではなく、数十年単位の収支管理が必要なこと」「地域に密着した不動産事業であること」など、いくつもの特徴があります。

リスクから見る「強い介護システム」「脆弱な介護システム」🔗で述べたように、現在の高齢者住宅の8割は、脆弱な商品性、介護システムであり、この数年の内に、介護人材不足や人件費の高騰、制度変更リスクに耐えられずに倒産する高齢者住宅が激増することになります。それは、大手事業者も含め、「高齢者住宅の需要は増える」「高齢者住宅は儲かる」といった安易に参入した事業者が多く、高齢者住宅経営の根幹がまったくわかっていないからです。
個別事業者だけでなく、業界全体としても、高齢者住宅の経営管理ができる管理者、経営者が絶対的に不足しているのです。



以上、4つのポイントを挙げました。
ここで挙げた、3つのマネジメント(ケアマネジメント、リスクマネジメント、経営マネジメント)は、現在の高齢者住宅の中で、最も欠けているスキルです。言い換えれば、それは今後、業界の中で、最も市場価値の上がるスキル・ノウハウだということです。介護経営者が行うべきは、介護スタッフに「介護労働の未来」を示すことであり、その目的は市場価値の高い介護スタッフを育てることです。経営・サービスを安定させるために、最も投資すべき先は、「人材育成」なのです。

「優秀な人材を確保すれば、それだけ高い待遇を準備しなければならない」
「介護報酬には限界があり、すべてのスタッフに高い給与は払えない」
「優秀な人材を確保しても、他の事業者に引き抜かれてしまう」
と話しをされた経営者がいましたが、それで良いのです。

高齢者住宅は、公的な介護保険制度を基礎とした収入体系ですから、介護スタッフの給与・労働条件に大きな差をつけることはできませんし、意欲のある人材は目先の給与の多寡で勤務先を決めるわけではありません。「あの企業は教育・研修・サポート体制がしっかりしている」「介護のプロになれる」となれば、それだけで人は集まってきます。介護のプロとして成長できる環境が整っている事業者に、意欲のある介護スタッフが集まるのです。

高齢者住宅ビジネス、介護ビジネスは、どれだけお金があっても、事業の中核となる人材が育っていなければ事業の拡大はできません。育てられないまま事業拡大に突き進んだ大手事業者がどうなっていくか、この数年の内に答えがでるでしょう。逆に、3つのリスクマネジメントのノウハウをもった、優秀な人材を育てることができれば、その活躍の場を提供しつづけることはそう難しいことではありません。

介護ビジネス、高齢者住宅ビジネスは、介護人材を集められるかが、優秀な人材を育成できるかが、間違いなく事業の成否を決めます。
これからの介護システム構築は、「高齢者に対する商品競争力を高める」だけでなく、「介護労働者に対する商品競争力を高める」「意欲のある人材が集まる環境をつくる」という視点が不可欠です。「人材こそが最大かつ唯一の財産」という言葉がありますが、介護業界にとっては、それは金言でも理念でもなく、純然たる事実なのです。


要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒  高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒  「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅 「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒  労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ②   


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