高齢者住宅事業は、「高齢者が増える・介護施設が足りない」からといって、それだけで長期安定的に安定経営できるほど簡単な事業ではない。高齢者の増加ではなく、経営を不安定にする「社会保障財政の悪化」「介護人材の減少」などマイナスのベクトル、リスクにしっかりと目を向けるべき。
高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 001
「高齢者住宅は超高齢社会に不可欠な事業」
「高齢者住宅は、需要に対して供給はまだまだ不足している」
それを合言葉に、全国で、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅が増えてきました。
確かに、自宅で生活できない重度要介護高齢者、独居高齢者の増加、核家族化による家族介護機能の低下など、複合的な理由によって、全国で高齢者住宅の需要が高まることは間違いありません。
しかし、「需要が高まる」ということと、「事業性が高い」ということは、同じではありません。
高齢者住宅の需要増加は間違いない
「安定した需要があるか」「需要が増加するか」は、事業の成否の基礎となる要因です。
需要調査は、マーケティングと呼ばれます。大手コンビニエンスストアでは、新規出店の場合、そのエリアにどのような人が住んでいるか、どのような人が通るか等のデータを取り、将来予測を含めて出店や商品内容を検討します。
需要は人為的に作り出すこともできます。ある地方都市の郊外に「新しい大学が誘致される」と決まった場合、「学生マンション」「コンビニ」「ファミレス」などの大量の需要が発生し「大学門前町」ができます。自治体が、無償で行政の土地の貸与や補助金支出、税制優遇をしてでも、工場や大学の誘致を積極的に進めるのは、その地域の活性化に直結する有効な手段だからです。
これに対し、高齢者住宅の需要増加は、一部地域限定ではなく人口動態の変化による全国的なものです。
75歳以上の後期高齢者は、2015年の1646万人から2025年には2179万人と500万人が増加、特に85歳以上の高齢者は、2015年の500万人から2035年には1000万人と現在の2倍になります。一方、少子化や核家族化の進展によって、家族介護機能は低下し、高齢者の3人に2人は、独居高齢者、もしくは高齢夫婦世帯となることがわかっています。
家族や高齢者の意識の変化も、需要増加の要因の一つです。
私が介護の仕事を始めた25年前は、まだ「老親の介護は子供(嫁)の仕事」「老人ホームに入るのは可哀そうな高齢者」という認識の人は少なくありませんでした。「外聞が悪いのでデイサービスの車で家まで来るな」「老人ホームではなく病院で亡くなったことにしてくれ」と言われたこともあります。しかし、要介護期間の長期化によって、家族だけで介護をすることは難しいということが、社会的なコンセンサスとして広がっています。介護が必要になったときにどうするかという質問では「家族に介護してほしい」「自宅で介護を受けたい」ではなく、「介護サービスを利用する、老人ホームに入る」と考えている高齢者は増えています。
この需要の増加に、供給が全く追い付いていないのが現実です。
「特養ホームが足りない」と全国で整備が進められてきましたが、今でもその待機者は30万人を超えています。またその設置・運営には、莫大な社会保障費がかかるため、急激に増加する需要に合わせて施設整備を続けることは不可能です。
そのため「施設から在宅へ」と言われるように、サ高住に補助金を整備するなど、特養ホームではなく、民間の高齢者住宅整備へと施策も舵を切っています。激増する要介護高齢者の住まいの整備は遅れており、今後も高齢者住宅の需要が高まるということは間違いありません。
財政悪化・介護人材減少というベクトル
しかし、高齢者住宅は「需要が高まるから、事業性が高い」というほど単純なビジネスではありません。
高齢者住宅は、単なる高齢者向けのバリアフリー住宅ではなく、入居を希望する高齢者、家族の最大のニーズは「介護不安の解消」です。その商品設計には安定した介護システムを構築が不可欠なのですが、その基礎となる社会保障財政はどんどん悪化し、介護人材の確保はどんどん難しくなっていくからです。
一つは財政です。
平成28年度の社会保障給付費は118兆円であり、その2/3は高齢者関係費です。このまま制度で推移すれば、2025年には社会保障関係費は150兆円に達し、うち国家予算の社会保障関係費は42兆~43兆円、2035年には50兆円を超えると予測されています。
政府は「2023年を目標にプライマリーバランスの黒字化」を掲げていますが、現在の税収が60兆円に満たないということを考えると、それは荒唐無稽な数字だということがわかるでしょう。現在でも、社会保障費は一般歳出の56%を占め、毎年10兆円規模の借金を追加で重ねながら会計を回しています。「財政規律」という視点で見ると、社会保障支出はすでに限界値を超えているのです。
それは、今後、要介護高齢者が二倍になっても、少なくとも財政支出は現状の数字を維持しなければならないということ、言いかえれば、一人当たりの国民・高齢者が受けることのできる医療や介護などの社会保障サービスは、現在の半分になるということです。
もう一つは人材です。
介護は労働集約的な事業です。
介護福祉士の資格をもつ、ベテランの介護スタッフでも、車いすは一台しか押すことはできません。食事や入浴、排泄などの介助も同じです。介護需要の増加は、そのまま介護人材の需要増加を示します。
「将来は、介護ロボットや外国人が介護する」という人がいますが、介護ロボットができるのはセンサーによる見守りや、リフトなど介護スタッフの身体的負担軽減、コミュニケーションなどの話し相手などが中心です。認知症高齢者、重度要介護高齢者に対する入浴や食事、排せつなどの介助には、必ず人間の介護スタッフの手が必要です。
また、介護労働は機械的な単純労働ではありません。言葉の違い、生活環境の違いは大きく、外国人介護労働者の増加によって、事故の増加が懸念されています。更に、中国も一人っ子政策の余波で、急激な少子高齢化の時代に入っていますし、東南アジアも経済成長を遂げています。この先30年、40年も外国人労働者が日本に来てくれるかと言えば、それは難しいでしょう。
介護サービス事業、高齢者住宅事業は、どれだけ利用者や入居希望者が増えても、介護人材が確保できなければ、サービス提供、事業の継続はできないのです。
この「財源」と「人材」の問題はリンクしています。
現在、「大変な仕事なのに給与は安い」と介護労働の人気は高くありません。介護給付費分科会(第145回)の資料によれば、平成28年度の全国の全産業平均の有効求人倍率は1.36倍であるのに対し、介護分野は3.02倍と2倍以上の開きがあります。
「介護人材の確保のために介護報酬を上げるべき」という意見は多いのですが、それは更なる社会保障財政の悪化を招くことになります。また1~2万円程度収入が上がっても、それで介護労働の希望者が増えるかといえば、疑問符がつきます。
更に、高齢者の増加に反比例し、16歳~64歳までの生産年齢人口は、2015年の7700万人から、2025年には7200万人、2035年には6500万人とどんどん減っていきます。労働市場は、景気の波に大きく左右されるものですが、長期的にみれば、介護人材の確保はますます難しくなっていくのです。
このように介護サービス、高齢者住宅事業に与える経営環境の変化のベクトルを考えると、「需要が高まるので成功の可能性が高い」「事業性が高い」と言えるほど、簡単な事業ではないということがわかるでしょう。
「介護報酬が低い」ということは事実ですが、報酬単価は下がっているわけではありません。
介護労働者が「待遇を改善してほしい」と声を上げるのは当然ですが、事業計画を立て、事業参入を決めたのはそれぞれの事業者、経営者です。「需要が高まる! 儲かりそうだ!!」と参入した後で、「こんなはずではなかった。すべての介護サービス事業、高齢者住宅事業の経営が安定して、利益がたくさん出るように報酬単価を設定しろ」などという泣き言が通るはずがありません。
高齢者住宅を作ることは、そう難しいことではありません。
しかし、それを30年、40年と長期安定的に経営を続けることは、そう簡単なことではないのです。
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