RISK-MANAGE

高齢者介護にもリスクマネジメントが求められる時代


大きく変化する高齢者・家族の権利意識。「福祉の時代から20年以上やってきた」「誠意を持って対応・説明すれば」では、事業もスタッフも守ることができない。「入居者・サービス向上のため」ではなく、介護スタッフ・組織防衛のための「リスクマネジメント」が必要。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 002


リスクマネジメントは、最近、よく耳にする言葉です。 最近では、ビジネス用語だけでなく、防衛問題、サッカーなどのスポーツ解説でも、使われています。

しかし、その概念は新しいものではありません。
例えば「契約書は何のために作るのか」と言えば「双方のトラブルを防ぐため」、つまりリスクマネジメントです。アメリカ大リーグの選手の契約書には、飛行機のファーストクラスのチケットの枚数や子供のベビーシッター代、引っ越し費用まで細かく書かれていると言います。
日本の契約書は、アメリカのものと比べると、それほど厚いものではありません。 それは互いに権利を主張し合うのではなく、「和をもって貴しとなす」という国民性も影響しているのかもしれません。
しかし、それは「これまでは…」という過去の話になりつつあります。

なぜ、リスクマネジメントの重要性が叫ばれているのか

近年、日本でも「リスクマネジメント」が経営の根幹となるノウハウとしてクローズアップされているのは、経済のグローバル化、ITなどの技術革新、消費者の権利意識変化によって、これまで想定していなかったトラブル・リスクが発生し、それが企業・組織の存亡にかかわるような事態に発展するケースが増えているからです。
いくつか例を挙げてみましょう。

 ◆ コンビニで従業員がアイスの販売ケースに入って写真撮影、拡散・炎上。
 ◆ 通信教育大手で個人情報が大量流出、取締役辞任、利用者離れで赤字転落
 ◆ 飲食大手の従業員の過労自殺に対し、社長の軽率な一言からイメージ失墜
 ◆ 自動車メーカーの、度重なるリコール隠しに、販売台数が激減
 ◆ ファストフードの中国工場で、賞味期限切れの原材料の使用発覚、売り上げ激減
  ◆ セキュリティの不備から、580億円もの仮想通貨が流出

最近、よく目にするのが、インターネット上での批判が殺到し、収拾がつかなくなる「炎上」です。無責任で理不尽なものもありますが、その多くは発生した事故・トラブルではなく、その後の判断ミス、対応の不備によって拡大します。

数百年続いた老舗企業、一部上場の巨大企業においても、一人の従業員の軽率な行為に、担当者の判断ミスや経営トップの対応の遅れが重なり、株価が大暴落、企業の存続が危ぶまれるような事態となっているのは、ご存じの通りです。これまでのような「経験・ノウハウ・秘訣」といった内向き、受身の対応ではなく、また「お客様のため」といった曖昧な概念ではなく、経営管理に不可欠な要素として、積極的な「リスクマネジメント」が必要とされる時代になっているのです。

介護サービス事業を取り巻く環境も大きく変化している

高齢者住宅・介護保険施設を含め介護サービス事業所で、リスクマネジメントが叫ばれている原因も、事業環境の変化が大きく関係しています。

例えば、高齢者の転倒骨折、火傷などの事故は、私が現場で介護の仕事をしていた20年前にもありました。ただ当時は、利用者・家族ともに「福祉にお世話になっている」という意識が強く、大きなトラブルへと発展することはほとんどありませんでした。家族に事故の連絡をすると「ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」と逆に謝罪されたものです。骨折事故で家族に訴えられるなど考えたこともなかったというのが、正直なところです。
しかし、最近は、介護スタッフのミスによる直接的な事故でなく、歩行中の転倒事故でも、「キチンと介護していたのか」「何かミスがあったのではないか」と、損害賠償を求められるケースが増加しています。

その理由は、介護保険制度の発足によって、「保険料やお金を払って介護を購入している」という形に入居者や家族の意識が変わったからです。最近では病院の「モンスターペイシェント」、学校の「モンスターペアレント」のように、一部暴走する家族のクレームも大きなリスクとなっています。その波は、確実に介護業界に押し寄せてきています。

「老人福祉から介護サービスへで何が変わったのか」?で述べたように、介護業界には、「直接契約によって事業者のサービス提供責任が明確になった」「利用者・入居者である高齢者やその家族の権利意識が強くなった」という二つの変化の大波が押し寄せているのです。「転倒・骨折」「インフルエンザの蔓延」「家族からの苦情」という事故やトラブルの事実・事象は同じでも、事業者に波及するリスクは、格段に大きくなっているのです。

今でも「福祉の時代から20年以上やってきた」という理事長や、「誠意を持って対応・説明すれば理解は得られる」という経営者が多いのですが、残念ながら、そう簡単な話ではないのです。
リスクマネジメントは、サービス向上のために行うものではなく、その本質は組織防衛です。これまでと同じ認識・方法では、事業やスタッフを守ることはできない時代だということを理解しなけければならないのです。

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高齢者介護にもリスクマネジメントが求められる時代

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