RISK-MANAGE

【r002】 高齢者介護にもリスクマネジメントが求められる時代

大きく変化する介護の経営環境、強くなる介護利用の権利意識

「トラブル・苦情には誠意を持って対応」だけでは、介護経営はできない。


 

リスクマネジメントは、最近、よく耳にする言葉です。
最近では、ビジネス用語だけでなく、防衛問題、サッカーなどのスポーツ解説でも、使われています。
しかし、その概念は特に新しいものではありません。
例えば、「契約書は何のために作るのか」と言えば、「双方のトラブルを防ぐため・・」、つまりリスクマネジメントです。アメリカ大リーグの選手の契約書には、飛行機のファーストクラスのチケットの枚数や家族分をどうするのか、子供のベビーシッター代、引っ越し費用まで細かく書かれた膨大な量のものだと言います。それだけ契約上のトラブルが多いということです。
逆に、日本の契約は、アメリカのものと比べると、それほど厳しいものではありません。
それは、互いに権利を主張し合うのではなく、「和をもって貴しとなす」「話し合いで」という国民性も影響しているのでしょう。

ただ、リスクマネジメントがゼロと言う訳ではありません。
日本のホテル業界でも、飲食業界でも、製造業でも、それぞれ利用者や顧客とのトラブルを回避するために、「秘訣、経験、ノウハウ」というものを持っています。「捨てるようなものでも、忘れ物として一定期間取っておく」「満足度や不満を聞く社長直通のアンケートを設置する」など、目に付くものはたくさんあります。食料品のパッケージに、「熱しすぎに注意」「開封後はできるだけ早くお召し上がりください」などと書かれているのも、広くとらえれば「リスクマネジメント」です。

 

~リスクマネジメントが求められる時代~

これまで日本では、「リスクマネジメント」と「サービス向上」の概念は、曖昧なものでした。
しかし、近年、日本でも、産業・業界を問わず「リスクマネジメント」がクローズアップされているのは、経済のグローバル化、ITなどの技術革新、消費者の権利意識変化によって、これまで想定していなかったトラブル・リスクが発生し、それが企業・組織の存亡にかかわるような事態に発展するケースが増えているからです。
いくつか例を挙げてみましょう。

◆ コンビニで従業員がアイスの販売ケースに入って写真撮影、拡散・炎上。
◆ 通信教育大手で個人情報が大量流出、取締役辞任、利用者離れで赤字転落
◆ 飲食大手の従業員の過労自殺に対し、社長の軽率な一言からイメージ失墜
◆ 自動車メーカーの、度重なるリコール隠しに、販売台数が激減
◆ ファストフードの中国工場で、賞味期限切れの原材料の使用発覚、売り上げ激減
◆ セキュリティの不備から、580億円もの仮想通貨が流出

最近、よく目にするのが、インターネット上での批判が殺到し、収拾がつかなくなる「炎上」と呼ばれる状況です。中には、無責任で理不尽なものもありますが、その多くは、発生した事故・トラブルではなく、その後の判断ミス、対応の不備によって拡大しています。
数百年続いた老舗企業、一部上場の巨大企業においても、一人の従業員の軽率な行為を発端に、トップの判断ミスや対応の遅れが重なり、企業の存続が危ぶまれるような事態となっているのは、ご存じの通りです。これまでのような「経験・ノウハウ・秘訣」といった内向き、受身の対応ではなく、また「お客様のため」といった曖昧な概念ではなく、経営管理に不可欠な要素として、より積極的な「リスクマネジメント」が必要とされる時代になっているのです。

 

~介護サービス事業を取り巻く環境も大きく変化~

高齢者住宅・介護施設を含め介護サービス事業所で、リスクマネジメントが叫ばれている原因も、事業環境の変化が大きく関係しています。

リスクマネジメントの大きなターゲットの一つとなる高齢者の転倒、溺水などの事故は、私が特養ホームで介護の仕事をしていた、20年前にもありました。ただ、当時は、利用者・家族ともに「福祉にお世話になっている」という意識が強く、大きなトラブルへと発展することはほとんどありませんでした。家族に連絡・報告をすると、逆に「ご迷惑をおかけします」と言われたものです。幸いなことに死亡事故はありませんでしたが、転倒や骨折で、家族に訴えられるなど考えたこともなかったというのが、正直なところです。
しかし、最近は、介護スタッフのミスによる直接的な事故でなく、歩行中の転倒事故でも、「キチンと介護していたのか」「何かミスがあったのではないか」と、訴訟や損害賠償などを求められるケースが急増しています。

感染症や食中毒の問題も同じです。
インフルエンザは毎年のように流行するものですから、これまでも施設内で流行し、亡くなる高齢者はいたはずです。しかし、「新型インフルエンザ」「O157」「ノロウイルス」など、社会的な関心の高まりによって、老人ホーム等での集団感染や死亡者がでると大きく報道されるようになりました。初期対応の遅れ、書類整備の整備、行政への決められた連絡等の対応できておらず被害が拡大した場合、厳しく指摘されることになります。

それは、介護保険制度の発足によって、「保険料やお金を払って介護を購入している」という形に入居者や家族の意識が変わったからです。最近では病院の「モンスターペイシェント」、学校の「モンスターペアレント」のように、一部暴走する家族のクレームも大きなリスクとなっています。その波は、確実に介護業界に押し寄せてきています。

つまり、介護業界は、「老人福祉から介護サービスへで何が変わったのか」🔗で述べたように、事業者のサービス提供責任が明確になったことに加え、サービス利用者やその家族の権利意識が強くなったという二つの波が押し寄せているのです。「転倒・骨折」「インフルエンザの流行」「家族からの苦情」という事故やトラブルの事実・事象は同じでも、事業者としてのリスクは、格段に大きくなっているのです。

介護業界には、その変化への感度が鈍く「福祉の時代から20年以上やってきた」「誠意を持って対応・説明すれば理解は得られる」という理事長や施設長が多いのですが、それは甘い考えです。
これまでと同じ認識、方法では、事業やスタッフを守ることはできない時代なのです。

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