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要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類


高齢者住宅の重度化対応の基本介護システムは、「重度専用型」「中度~重度可変型」のどちらかにわかれる。この基本介護システムを基礎として、「医療依存度対応 強化型」など、それぞれの企業イメージ、地域ニーズに合わせて、独自色をもつ商品・サービスを開発する。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 030


介護システムの構築は、高齢者住宅の商品設計の根幹です。
そこで、まず重要になるのは、制度依存からの脱却です。
「介護保険制度=基本介護システム」という誤解🔗」で述べたように、特定施設入居者生活介護の指定配置基準では重度要介護高齢者の生活を支えることはできません。「介護が必要になっても安心・快適」を標榜するのであれば、入居者が重度要介護高齢者になっても、安全・快適に生活できる生活環境、安全に介護できる労働環境を満たす、介護システムを構築しておかなければなりません。

この重度化対応力は、「個別の重度化」「全体の重度化」の二つの基準をクリアする必要があります。

一つは個人の重度化対応です。
高齢者は、若年層の障がい者と違い、加齢や疾病によって、短期間のうちに要介護状態が重くなっていくのが特徴です。筋力など身体機能全体が少しずつ低下することで、要介護1、2、3と段階的に重度化する人もいれば、突然の脳梗塞や転倒骨折、入院によって、一気に二段階、三段階と要介護状態が重くなることもあります。要介護度が重度化する道筋、期間、原因は一人ひとり違いますが、突然死でない限り、ほぼすべての高齢者が重度要介護状態になります。
区分支給限度額方式で、介護システムは構築できない🔗で述べたように、出来高算定の訪問介護では、「臨時のケア、すき間のケア」「見守り・声掛け」は対象外ですから、身体介護の低下であっても、認知症であっても、高齢者住宅で生活する重度要介護高齢者に対応することはできません。

もう一つは、全体の重度化対応です。
個々人の要介護度が重度化するということは、高齢者住宅全体で見ると、入居者の「平均要介護度」が重くなっていくということです。入居当初は、独歩の人が多くても、自走車いす、介助車いすの人が多くなりますし、自立排泄からトイレ移動介助、排せつ介助、オムツ介助の割合が増えていきます。
指定配置基準の介護付有料老人ホームでも、「要介護4、5の高齢者も生活されています」「重度要介護対応可」というところは多いのですが、それは「個人の重度化対応」をクリアしているにすぎません。ほとんどが軽度要介護で、重度要介護高齢者が一部であれば、【3:1配置】でも対応は可能でしょう。
しかし、開設当初は要介護1、2といった軽度要介護状態の高齢者が多くても、時間の経過によって重度要介護高齢者の割合は確実に増えていきます。介護システムは、重度要介護高齢者の割合が増えたときにも、安全に生活できる生活環境、安全に介護できる労働環境でなければならないのです。


要介護高齢者住宅 二種類の基本介護システム

この、2つの基準をクリアする「重度要介護高齢者対応の介護システム」は、大きく2つの基本モデルに分かれます。

① 重度要介護高齢者専用モデル

一つは、重度要介護高齢者専用モデルです。
図のように、始めから重度要介護高齢者が最大限に増加しても対応できる、一定の介護システムを構築するということです。必要なスタッフ数は、建物設備設計によって変わりますが、現在の介護付有料老人ホームで言えば、【2:1配置】【1.5:1配置】といった手厚い体制の介護看護スタッフを配置することになります。

重度要介護高齢者専用と言っても、「要介護4・5のみの高齢者を対象とする高齢者住宅」「要介護1、2はお断り」というわけではありません。
収支を安定させるためにポイントとなるのは上乗せ介護費用の設定です。
この重度要介護専用モデルの場合、軽度要介護高齢者の入居者が多くても、重度要介護高齢者が多くてもスタッフ配置は同じです。特定施設入居者生活介護の介護報酬は、軽度は低く、重度は高くなりますから、反対に、上乗せ介護費用は軽度ほど高く、重度要介護ほど低くなります。このモデルの介護システムでは、要介護1,2といった軽度要介護高齢者ほど、自己負担が増える、高額になるということです。
重度要介護高齢者のみを対象としたものではなく、重度の要介護高齢者が、より入居しやすいモデルだといって良いでしょう。

これは業務、収支シミュレーションが単純で、安定度の高いモデルです。
今後、自宅で生活できない重度要介護高齢者が激増しますから、入居者が集まれば、経営、サービス、介護スタッフの労働環境も安定します。入居者、家族から見ても、「重度になれば費用負担が軽くなる」ということになれば、基本的に現在の支払額以上に高額になる可能性は高くありません。
ただ、重度要介護高齢者は入居しやすい反面、軽度・中度要介護高齢者にとっては、高額な商品となりますから、それぞれの地域ニーズや自治体の地域包括ケアシステムの方向性、特養ホームと高齢者住宅の役割などを含め、しっかりとしたマーケティングが必要です。

② 中度~重度要介護 可変モデル

もう一つは、要介護割合、介護サービス量の変化に対応した可変性の高いモデルです。
これは重度要介護高齢者を中心にした一定の介護システムではなく、介護サービス量の変化に合わせて、介護システムも変化させていくものです。
図のように、介護サービス量の変化に合わせて、【2.5~1.5:1】と介護スタッフ数を増加させていきます。一定の介護システムではありませんから、上乗せ介護費用は、軽度要介護高齢者も、重度要介護高齢者もそれほど大きく変わりません。軽度~中度要介護高齢者の負担を抑えた、応益負担のモデルだといって良いでしょう。
ただ、中長期的には全体の要介護状態は、ゆっくりと少しずつ重くなっていきますから、方向性としては、「①重度要介護高齢者専用モデル」に近づいていくことになります。

この可変モデルの最大のメリットは、要介護2などの中度要介護高齢者でも入居しやすく、ターゲットが広がるということです。
一方で、このモデルを基礎とした介護システムを構築するには、どのような介護サービス量、平均要介護度になっても、サービスや収支が安定するように、業務シミュレーションと収支シミュレーションの詳細な検討が必要になります。また、単純に要介護度だけでは、介護サービス量は図れないところもありますから、開設後の経営実務においても「介護サービス量の過不足」の見定めや、「入居者選定」のノウハウも必要になります。
商品としての競争力・メリットが大きい分、事業シミュレーションの能力と、システムをコントロールできる、より高度なノウハウが求められるのです。



以上、「重度要介護高齢者対応の介護システム」の基本モデルを2つ示しました。
これからの、高齢者住宅は、「重度専用型」「中度~重度可変型」のどちらかが基本モデルとなります。
どちらも、特定施設入居者生活介護の指定配置基準だけでは対応できませんから、上乗せ介護サービス、上乗せ費用の設定が必要です。

ただ、これは一つの高齢者住宅でどちらかを選ぶというものではなく、上図のように、マーケティングによって、フロア単位で介護システムや価格設定を変えるということも可能です。そのためには、個別に業務シミュレーション、介護システムを構築して、その上で全体の連携や夜勤体制などの介護システムを構築するという、二段階、三段階の検討が必要です。

入居者の要介護度割合の変化、朝昼夜・深夜のサービス内容の変化、業務量の変化を様々に想定しながら、それに応じた介護看護スタッフを配置し、業務シミュレーション、収支シミュレーションを重ねながら介護システムを構築していきます。
またそれは、「建物設備×生活支援サービス」の一体検討が不可欠🔗で述べたように、建物設備設計にも大きく関わってきます。同じ建物設備であれば、【3:1配置】と【2:1配置】とでは提供できるサービス量は1.5倍になりますが、建物設備が違えば、同じ【2:1配置】であっても、介護のしやすさや生活のしやすさは全く変わってきます。

介護システムは、「特定施設ありき」「指定基準ありき」ではなく、建物設備設計×業務シミュレーション×収支シミュレーションを一体的に行いながら、作っていくものなのです。それは、経営実務、システムの運用にも関わってきますから、介護システムのシミュレーションができるようにならないと、高齢者住宅の経営はできないのです。
この二つの「重度化対応 基本介護システム」を基礎として、「医療依存度対応強化」など、それぞれの企業で、またそれぞれの地域に合わせて、独自色をもつ商品を開発することになります。


要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒ 建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒  高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒  「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅 「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ②   




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