PLANNING

業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」


社会福祉法人に限定されていた介護サービス事業が、介護保険制度によって営利目的の株式会社にも開放された理由は、民間の知恵と市場原理によってサービスの価値を向上させること。業務シミュレーションの最大の目的は、ノウハウと工夫によって超高齢社会に貢献する「強い商品性」の探求

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 039


高齢者住宅の事業計画の基礎として、建物設備設計(高齢者住宅 建物設備設計の鉄則?)、介護システム設計(介護システム設計の鉄則?)について述べてきましたが、実際の事業計画はそれぞれ個別に検討するというものではありません。
商品として一体的に検討するには、建物設備と介護システムを統合する必要があります。
その中核となる作業が、業務シミュレーションです。

事業シミュレーションの種類と目的を整理する? で述べたように、事業シミュレーションは商品・収支・業務に分かれます。
事業計画書を見ると、商品コンセプトや収支計画は、カタチだけは作られているのですが、現在の高齢者住宅の事業計画、商品設計における最大の問題は、業務シミュレーションが、ほとんど(もしくはまったく)行われていないということです。入居者の生活の動きや要介護度の変化、サービス量の変化が、事業計画の段階でイメージ、シミュレーションできていないために、開設後に「スタッフが足りない」「スタッフが過重労働でどんどん辞めていく」「事故やトラブルが増加する」という状況になるのです。


介護保険制度は「安心・快適」を担保しない

高齢者住宅の商品検討、介護システム設計において、まず理解しなければならないことは、介護保険制度は安全・快適を担保する制度ではないということです。
それは介護付有料老人ホームの基礎となる「特定施設入居者生活介護」の指定配置基準も同じです。
「介護付だから介護が必要になっても安心」というセールストークが行われていますが、「特定施設入居者生活介護の指定基準=介護付の基本介護システム」という誤解? で述べたように、指定基準の【3:1配置】で対応できるのは、平均要介護は1.5~1.8程度が限界です。それ以上重くなると、基本的な、最低限の介護サービスさえ提供することはできません。

それは、【2.5:1配置】【2:1配置】でも同じです。
家族向けのセミナーでは、「介護を目的に高齢者住宅を選ぶのであれば【2:1配置】以上の介護付有料老人ホームを…」という話をしていますが、「【2:1配置】以上であれば大丈夫か…」と言われるとそうではありません。建物設備設計や生活動線、介護動線によって、介護のしやすさは全く変わってくるからです。【2.5:1配置】【2:1配置】の介護付有料老人ホームを「手厚い介護体制」と呼んでいますが、それは【3:1配置】基準よりも手厚いというだけで、「安心・快適」に必要十分ということではありません。

業務シミュレーションの目的は、「介護付だから安心」「【2:1配置】だから手厚い介護」ではなく、その介護システム、介護看護スタッフ配置で「重度要介護高齢者が増えても、安全な生活をサポートできるか」を、事業計画の中で詳細に検討・検証することです。そこには要介護高齢者に適した建物設備設計が前提ですし、また「要介護高齢者が安心して安全に生活できる生活環境」とは「介護スタッフが安心して安全に介護できる労働環境」と同一のものです。

業務シミュレーションを行わないということは、「介護が必要になっても安心・快適」と言いながら、「介護が必要になっても安全に生活できるか」「その介護看護スタッフ数で安全に介護できるのか」をまったく検討、検証しないまま計画を進めているということです。
離職率の高さや事故の増加を、「介護保険制度の責任だ…」「介護報酬が低いからだ…」と国や制度に責任転嫁をしている事業者が多いのですが、その事業計画を立て、事業に参入を決めたのは当の事業者本人です。俯瞰してみれば「マンションが売れないのは、建築基準法が悪いのだ…」「うちの食堂が不味いのは、保健所の責任だ…」といっているのと同じで滑稽です。


「サービス量の変化=可変性」への対応

二つめは、高齢者住宅の事業特性である、「可変性」への対応です。
高齢者の特徴は、加齢や疾病によって身体機能が低下し、要介護状態が重度化することです。
一人で歩いていた人も車いすが必要となり、自分でトイレに行って排泄をしていた人も、トイレへの移動や移乗が必要となり、尿意や排泄機能が低下し、オムツなどが必要となります。期間の長短の違いありますが、突然死でない限りほとんどの人は寝たきり、重度要介護になります。
高齢者住宅の基本ニーズは「介護への不安」ですから、「介護が必要になっても安心」を標榜するのであれば、この加齢による要介護状態の変化、サービス内容の変化に対応することが求められます。

しかし、それは簡単ではありません。高齢者住宅事業は、「必要なサービスが変化する」ということが前提である事業であるにも関わらず、それに合わせて途中で建物設備、サービスや価格を変更することが難しいという、相反する特性をもつ事業だからです。

同じ高齢者住宅でも「自立対象」と「要介護対象」は違う商品 ? で述べたように、自立・要支援高齢者を対象とした高齢者住宅と、中度・重度要介護高齢者を対象とした高齢者住宅は、建物設備も介護システムも基本的に違うものです。要介護高齢者専用といっても、平均要介護2と平均要介護3では、必要となるサービス内容、サービス量、スタッフ数は大きく変わってきます。

また、どのような要介護状態、要介護度の高齢者がどの程度の割合入居するのかは、事業計画の段階で、完全に把握することはできません。
実際に運営をスタートすると想定よりも、要介護1の人が多く、「平均要介護度1.8程度」ということもあるでしょうし、「平均要介護2.3」「平均要介護3.0」かもしれません。軽度要介護高齢者が多くなれば、それだけ介護サービス量は少なくなりますが、それと同時に介護保険収入も低下します。

そのため、入居者の平均要介護度に合わせて、介護スタッフ数をどのように変化させていくのか、加齢や疾病によって重度要介護高齢者が増えてきたときに、どのようにスタッフ数を増やしていくのか、という「サービス量変化=可変性」を意識した業務シミュレーションが不可欠なのです。


強い商品性、サービス力の探求

最後の一つは、「強い商品性・サービス力」の探求です。
長い間、老人福祉法の中で社会福祉法人に限定されていた介護サービス事業が、介護保険制度によって営利目的の株式会社にも開放された最大の理由は、民間のノウハウや知恵を入れることによって、サービスを向上させることです。

しかし、いまだ「介護保険や社会保障制度、補助金をいかに上手く使うか」ということばかりが優先され、本来の目的である「民間活力の導入」「ノウハウの構築」という本来の目的が後回しにされています。特に、高齢者住宅事業においては「介護付か住宅型か」「有老ホームかサ高住か」といった制度の混乱の中で、「囲い込みで利益を上げる」ということだけに経営者の焦点が向けられ、「強い商品性と何か、どのようなサービス・システムが必要か」という議論が全く進んでいません。
実際、大手事業者の事業計画・商品を見ても、「向こう5年で100棟を目指す」といった、とりあえず数を増やすというだけの粗製乱造の計画で、「これはよく考えられた商品だ…」「介護のことをよくわかっている建物だ…」と感心させられるところは残念ながら一つもありません。

ここで言う、「強い商品」というのは、「制度矛盾をついて低価格に抑えること」ではなく、高いノウハウや創意工夫によって持続可能な質の高いサービスを、適正な価格で提供できる商品です。


上記の図は、「建物設備」と「介護システム」との関係を表したものです。
それは、単に「建物設備が、高齢者の生活の質、介護の質に影響する」ということだけではなく、同じ介護システム、同じ介護看護スタッフ数でも、建物設備によって介護サービスの質、介護の効率性が変わってくるということを示しています。言いかえれば、建物設備設計によって、必要な介護スタッフ数、スタッフの働きやすさは変化するのです。

介護サービスは、労働集約的なサービスです。
訪問介護では、ホームヘルパー数と提供できる介護サービス量は単純比例の関係にあります。
しかし、高齢者住宅の介護は、排泄介助、入浴介助のような直接だけでなく、移動介助や移乗介助、また見守り、声掛けといった間接介助が多くなるため、単純比例の関係にはありません。そのため建物設備によって必要な人員配置全く変わってくる、質の高いサービスを提供しても価格が抑えられるのです。
業務シミュレーションの目的は、この「強い商品性の探求」にあるのです


高齢者住宅 事業計画の基礎は業務シミュレーション

  ⇒ 大半の高齢者住宅は事業計画の段階で失敗している 
  ⇒ 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
  ⇒ 事業シミュレーションの「種類」と「目的」を理解する  
  ⇒ 業務シミュレーションの目的は「強い商品性の探求」
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ① ~対象者の整理~
  ⇒ 業務シミュレーションの条件 ② ~サービス・業務~
  ⇒ 高齢者住宅のトイレ ~トイレ設計×排泄介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の食堂 ~食堂設計 × 食事介助 考~
  ⇒ 高齢者住宅の浴室 ~浴室設計 × 入浴介助 考~

「建物設計」×「介護システム設計」 (基本編)

   ⇒ 要介護高齢者住宅 業務シミュレーションのポイント
   ⇒ ユニット型特養ホームは基準配置では介護できない (証明)
   ⇒ 小規模の地域密着型は【2:1配置】でも対応不可 (証明)
   ⇒ ユニット型特養ホームに必要な人員は基準の二倍以上 (証明)
   ⇒ 居室・食堂分離型の建物で【3:1配置】は欠陥商品 (証明) 
   ⇒ 居室・食堂分離型建物では介護システム構築が困難 (証明)
   ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~制度基準とは何か~
   ⇒ 業務シミュレーションからわかること ~建物と介護~



関連記事

  1. 「食堂設計」×「食事介助」の特性について考える
  2. 「安心・快適」の基礎は、火災・災害への安全性の確保
  3. 「建物設備」×「生活支援サービス」の一体検討が不可欠
  4. 重度要介護高齢者に対応できる介護システム設計 4つの鉄則
  5. 「特定施設の配置基準=基本介護システム」という誤解
  6. ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計
  7. 「一体的検討」と「事業性検討」中心の事業計画へ
  8. 大きく変わる 高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP