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建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことができる


転倒・転落などの事故の多くは「身体機能の低下」「介助ミス」「建物設備」の複合的要因によって発生する。間接的であっても建物設備が原因の一つとなった事故、避けることのできた重大事故は少なくない。建物設備設計の工夫によって、入居者の事故の半分以上は減らすことが可能。

高齢者住宅開設者向け 連載 『社会価値・市場価値の高い高齢者住宅をつくる』 017


前回述べた、災害安全性の確保(「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性確保🔗)に加えて、もう一つ建物設備設計の基礎となるのが、日常生活における転倒・骨折などの事故への安全性の視点です。


骨折・死亡など重大事故の発生 その三大要因

高齢者住宅や介護保険施設で発生している転倒、転落などの事故の原因は、大きく3つに分かれます。

一つは、身体機能の低下です。
高齢者は、筋力だけでなく、判断力、適応力など総合的に身体機能が低下しています。
視力の低下によってリスクが察知できず、筋力の低下によって、小さな段差に躓くだけで体のバランスが大きく崩れて転倒します。瞬発力や適応力が低下しているために上手く受け身がとれず、骨密度も低下することから、大腿部の骨折や脳出血による死亡など、重大事故に発展するリスクが高くなります。

二つ目は、介護スタッフの失敗・ミスです。
高齢者介護は、家族もやっているのだから、やる気さえあれば誰にでもできると考える人がいますが、そうではありません。認知症による予測できない行動や半身麻痺など様々な要介護状態、疾病をもつ高齢者に対して、安全に介護を行うためには、幅広い知識や技術が必要です。専門職としての責任は重く「小さなミス」「一瞬のスキ」が命に関わる重大事故に発展する可能性が高くなります

そして、もう一つが建物設備です。
要介護高齢者は小さな段差にもつまずきますし、足元が滑っただけで、バランスを崩し大きく転倒します。入浴介助時にストレッチャーのストッパーが外れて、転落して死亡するなどの事例も数多く報告されています。

ただ、ほとんどの事故、特に重大事故は、このどれか一つだけが原因となって発生しているのではありません。提出された事故報告書を見ると、「目を離したすきに…」「入居者が急に立ち上がって…」などの言葉が並んでいますが、表面的には、「介護スタッフのミス」「身体機能の低下」であっても、丁寧に検証すると、建物設備が事故原因の大きな要因となっている事故は少なくありません。

原因 ① 「建物設備」と「身体機能低下」のズレ・ブレ

一つは、建物設備と身体機能低下のズレ・ブレです。


例えば、見守りがあれば入浴できる高齢者が、洗髪時にカランを回してお湯がでてきたために熱傷を負ったという事故。高齢者だけでなく、私たちにもよくあることで、シャワーになっていたのに気づかずに、冷たい水がでてきてびっくりすることがあります。食事中の誤嚥や窒息も、その主たる原因は嚥下機能の低下ですが、その原因を精査すると、テーブルや椅子が本人の身体に合っておらず、食事時の姿勢が悪いことも原因の一つになっていることが少なくありません。

原因 ② 「建物設備」と「介護スタッフ知識・技術」のズレ・ブレ

もう一つは、建物設備と介護の知識・技術のズレ・ブレです。


図のように、脱衣室からシャワーキャリーで浴室に移動介助する途中で、混合水栓が出ているのに気づかすに、ぶつけてケガをさせてしまったというケース。また、ベッドから車いすの移動介助の途中で、止めていた車いすのブレーキが甘く、動いてしまい、入居者と一緒に転倒させたというケースなど、介助ミスと建物設備の二つの原因が絡む事例やケースは、いくつでもあげられるでしょう。


建物設備設計・備品選択によって事故の半数は減らせる

このように、高齢者住宅や介護保険施設で発生する事故、特に重大事故のほとんどは、一つの原因ではなく、この三大要因が絡んで発生しています。
ただ、それぞれに対策は異なります。

例えば、身体機能と建物設備のズレを修正するのは、本来、ケアプランの役割です。
それぞれの要介護状態に合わせて、適切な車いすを選択すること、事故予防のための生活上の注意点をピックアップし、高齢者本人、介護スタッフが事故のリスクを共有します。
また、介護スタッフ間の介護技術・知識の差を埋めるのは、マニュアルや研修会、ケアプランなどの役割です。事故予防するための注意点を記したマニュアルを整備し、徹底することや、定期的に事故予防のための研修会や勉強会を行い、介護知識・技術の底上げを図っていかなければなりません。

しかし、それらは一朝一夕にできるものではありません。
介護スタッフも、ベテランの国家資格の有資格者から新人無資格者まで、その知識・技術には大きな差がありますし、加齢や疾病によって日々変動する要介護状態に合わせて、すべての事故を想定し、ケアプランやマニュアルをつくることは容易ではりません。

だからこそ、事故予防の観点からの建物設備設計、備品選択が重要なのです。
例えば、駐車スペースやポーチに屋根・雨よけ用のひさしがあれば、車への乗降時に本人もスタッフも慌てる必要はありませんし、エントランスのグレーチングにノンスリップ加工や、杖が落ち込まないように細めのものが採用されていれば、転倒事故は減らせます。玄関マットも、毛足の長いものや、車いすが沈み込むものではなく、平たん埋め込み式であれば、つまずきを減らすことができます。
浴室のカランも「湯音調整」「お湯だし止め」のスイッチ機能がついていれば、熱傷になったり、急にシャワーから水がでてきて、転倒する可能性は大幅に削減できます。

【アプローチ・エントランス】【廊下・階段・EV】【食堂】【浴室・脱衣室】【トイレ】など、どのエリアで、どのような生活場面で、どのような原因で、どのような種類の事故が多数発生するのかわかっています。それを想定して、安全を重視した建物設備設計、備品選択ができるか否かで、事故の発生率は全く変わってくるのです。
それは、各個別のエリアの設計だけはありません。居室内の間取りや「居室」と「食堂・浴室」などの位置関係によっても、生活のしやすさ、介護のしやすさは、まったく変わってきます。

つまり、建物設備をみれば、「どこまで介護上・生活上の事故のリスクを理解して作られているか、リスクマネジメントを考えているか」が一目瞭然なのです。「建物設備をみれば、事業者の経営ノウハウ・サービスの質がわかる」といった意味がわかるでしょう。


要介護高齢者住宅の商品設計 ~建物設備設計の鉄則~

  ⇒ 高齢者住宅 建物設備設計の基礎となる5つの視点
  ⇒ 「安心・快適」の基礎は火災・災害への安全性の確保
  ⇒  建物設備設計の工夫で事故は確実に減らすことかできる 
  ⇒ 高齢者住宅設計に不可欠な「可変性」「汎用性」の視点 
  ⇒ 要介護高齢者住宅は「居室」「食堂」は同一フロアが鉄則 
  ⇒ 大きく変わる高齢者住宅の浴室脱衣室設計・入浴設備 
  ⇒ ユニットケアの利点と課題から見えてきた高齢者住宅設計 
  ⇒ 長期安定経営に不可欠なローコスト化と修繕対策の検討
  ⇒ 高齢者住宅事業の成否のカギを握る「設計事務所」の選択 

要介護高齢者住宅の基本設計 ~介護システム設計の鉄則~

  ⇒   「特定施設の指定配置基準=基本介護システム」という誤解
  ⇒ 区分支給限度額方式では、介護システムは構築できない
  ⇒ 現行制度継続を前提にして介護システムを構築してはいけない 
  ⇒ 運営中の高齢者住宅「介護システムの脆弱性」を指摘する 
  ⇒ 重度要介護高齢者に対応できる介護システム 4つの鉄則 
  ⇒ 介護システム構築 ツールとしての特定施設入居者生活介護 
  ⇒ 要介護高齢者住宅 基本介護システムのモデルは二種類 
  ⇒ 高齢者住宅では対応できない「非対象」高齢者を理解する 
  ⇒ 要介護高齢者住宅の介護システム 構築から運用への視点 
  ⇒ 介護システム 避けて通れない「看取りケア」の議論 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ① 
  ⇒ 労働人口激減というリスクに介護はどう立ち向かうか ② 



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