RISK-MANAGE

介護人材不足、最大の原因は、介護リスクマネジメントの遅れ


骨折などの重大事故の発生で、傷つくのは入居者・家族だけではない。リスクマネジメントができない事業者は、事故やトラブル、クレームから大切な介護スタッフを守ることができない。業界全体のリスクマネジメントの遅れが、介護労働の不人気の最大の原因。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 005


現在の介護サービス事業において、その経営の安定を阻害する最大要因は「人材不足」です。
平成29年度の介護労働安定センターの調査によれば、人手不足だと答える事業者は、「大いに不足 9.6%」「不足 24.4%」「やや不足 32.6%」を含めると、66.6%に上ります。
介護経営者からは「介護スタッフが不足しているのは、給与が安いからだ、その原因は介護報酬が低いからだ」という声は小さくありません。マスコミでも、「40歳男性の平均年収は、介護労働者は一般社員と比較すると100万円以上低い」などと言うデータが示されることがあります。

ただ、これは「まるっきり嘘」と言う訳ではありませんが、「介護の給与は低い」ということをアピールするために無理やり取り出したデータです。
一般的に男性の場合、40代後半から50代にかけて給与のピークを迎えます。それは高校や大学を卒業して、同じ企業で20年程度働いて課長や部長などの役職者、責任者になる人が多いからです。
これに対して、介護保険制度はまだ20年に満たない制度です。他の仕事から介護業界に転身した中途採用者が多く、勤続年数5年未満の人が全体の57%、10年未満を含めると80%を超えます。仕事を始めて10年未満、5年未満の人も多い介護業界の給与を性別と年齢だけで切り取っても正確なデータだとは言えません。

もちろん、介護スタッフの給与水準が今のままで良いと言っているわけではありません。
高齢者介護は、「介護できない家族の代わり」と思っている人が多いのですが、そうではありません。
医療や看護と同じく専門的、科学的な見地から、高い知識・技術に基づいて提供されるプロフェッショナルのサービスです。
真面目に医療に取り組む医師の生活が安定しなければ、質の高い医療は受けられません。
同様に、認知症や重度要介護状態になっても、最後まで自分らしい生活がしたい、質の高い介護サービスが受けたいのであれば、社会としてその手当をしなければならないのは当然です。

事故やトラブルで傷つくのは高齢者だけではない

しかし、介護業界で離職率増加の原因になっているのは、「給与水準」ではなく「労働環境」です。
その大きな原因の一つとして挙げられるのが、リスクマネジメントの遅れです。

介護保険施設や介護付有料老人ホームでは、訪問介護のようにマンツーマンで介護を行うわけではありません。介助中に、他の高齢者から話しかけられ、右を向いて左を向いたときには、高齢者は転倒しているということもあります。スタッフの少ない夜間にコールが鳴っても、他の高齢者の介助中であれば、すぐに駆け付けられるわけではありません。法的に見れば、「介護スタッフのミス」「安全配慮注意義務違反」ということになりますが、実際の業務を考えれば、そう単純なものではありません。

また、ミスをしたわけではなくても、介護事故が目の前で起こると、トラブルを避けられなかった、入居者にケガをさせて申し訳ないという自責の念が重く圧し掛かり、これまで行っていた介護業務一つ一つが怖くなります。同時に、できていないこと、やらなければならないことばかりが目に付き、また同じような事故・トラブルが起こるのではないかと大きなストレス・重圧がかかります。

高齢者や家族からのクレーム・トラブルも同様です。
高齢者、要介護高齢者といっても、「物わかりの良いおじいさん」「優しいおばあさん」ばかりではありません。一生懸命に仕事をしていても、「こんなまずいもの食えるか」「食事の配膳が遅い」と怒られたり、家族から、「部屋が掃除できていない」「いつも同じ服を着ている」といったといった苦情を受けることもあります。

「人に優しい仕事がしたい」と意欲をもって介護の仕事を始めても、「こんなはずではなかった」「私には介護の仕事は向かない」と、責任感の強い、優秀なスタッフほど、ストレスや重圧に押しつぶされ、燃え尽きるように辞めていくのです。

リスクマネジメントが遅れている事業者は離職率が高い

「介護の仕事は大変だ」と介護の仕事を辞めてしまった何人かの人に会ったことがあります。
彼らから辞めた理由や原因を聞くと、そのほとんどは「介護の仕事」に問題があるのではなく、「事業者」に問題があることが見えてきます。
特に、「介護は利益が高い」「高齢者住宅は儲かる」と、介護経験も経営ノウハウもないまま参入してきた事業者は、高齢者一人一人に沿ったケアマネジメントに基づく質の高い介護ではなく、「一時間に10人は排泄介助できるはず」「ICTを導入すればスタッフ数が減らせる」と効率性や利益率のみを追求した、流れ作業のような介助を求めます。

その一方で、「介護福祉士や看護師などの専門職なのだから、リスクマネジメントは現場にお任せ」と責任だけ負わせます。その結果、過重労働となり事故やトラブルが多発しているのです。
「介護労働者が集まらないのは介護報酬の責任だ」「厚労省はその専門性を理解していない」などという前に、経営者自身が「介護の専門性を発揮できる労働環境、介護看護スタッフが安全に働ける労働環境」が整備できていないのです。

高齢者介護は精神的にも肉体的にも厳しい仕事です。無理な体制で介助をして、腰痛など体を痛めることもありますし、高齢者を庇って一緒に転倒し、骨折することもあります。インフルエンザやO157などの感染症や食中毒が発生すれば、自ら罹患する人もいます。
「夜勤時に、地震が発生し、けが人が発生した」
「デイサービスの送迎中に交通事故に巻き込まれた」
「ショートステイ利用者に感染性の高い皮膚病があることが分かった」
「家族から一人のスタッフが感情的なクレームを受けた」
想定すべきリスクはたくさんあります。

リスクマネジメントの目的は、「事業を守ること」「スタッフを守ること」です。
それは、介護労働の業務特性云々ではなく、経営者の仕事です。
業界全体として、その取り組みが大きく遅れていることが「介護の仕事なんて・・」という介護労働の不人気につながっているのです。


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