RISK-MANAGE

入居者が確保できない・介護スタッフが集まらない


多くの高齢者住宅・介護サービス事業で直面している入居者不足、介護スタッフ不足。その大半の原因は経営の失敗ではなく、事業計画(商品設計・サービス設計)の失敗にある。特に、介護スタッフの確保は、労働人口の減少によって、今後、ますます厳しくなっていく。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 009


現在、大手・中小に関わらず、経営が安定しない高齢者住宅が増えています。
リスクマネジメントの視点で俯瞰すれば、現在の経営状態だけでなく、今後、その高齢者住宅の経営が安定するか、倒産するのか、その未来が見えてきます。
      

入居者募集の失敗 ~需要の見誤り・ミスマッチ~

高齢者住宅に参入したいという事業者が真っ先に挙げるのは、『確実な需要の増加』です。それは団塊世代の後期高齢化だけではなく、核家族化の進展、少子化による家族介護機能の低下、脱施設(脱特養ホーム)など、様々な要因が複合的に絡まり合っています。しかし、現在の有料老人ホームやサ高住を見ると入居者が集まっていないところは少なくありません。

入居者募集の失敗例
● 遊休土地の固定資産税が高く、「需要が高まる」「補助金がでる」とデベロッパーに言われてサ高住を作ったが、入居者がほとんど集まらず、コンサルタントも訪問介護事業者も逃げ出し、数億円の借金だけが残った。
● 大手事業者の支援で、介護付有料老人ホームを作ったが、近くにユニット型特養ホームができたため、入居者がほとんど集まらない。

その理由は明快です。地域のニーズとマッチしていないからです。
今、一番入居者確保に苦労しているのが、サ高住など自立~軽度要介護高齢者を対象とした高齢者住宅です。これは元気なうちから高齢者住宅に入居して、介護が必要になっても慣れた環境で生活できる…という、将来の介護不安に対応する「早めの住み替えニーズ」をターゲットにしているものです。

確かに、そのニーズはあるでしょう。
しかし、生活に何か不自由があり、高齢者本人やその家族が将来の不安を感じていたとしても、ほとんどの高齢者はこれまでの生活を大きく変えることを好みません。家族が一人で生活することは不安だと考えていても、また多少不便であっても、新しい環境で生活することへの不安や抵抗は小さくないのです。
実際、同じ老人福祉施設でも、重度要介護高齢者を対象とした特養ホームは待機者が一杯ですが、自立~要支援を対象としたケアハウスはそうではありません。

このミスマッチは、介護付有料老人ホームも同じです。
有料老人ホームは、従来の入居一時金数千万円、月額費用30万円という富裕層を対象としたものから、入居一時金ゼロ、月額費用25万円程度と中間層を対象として価格設定になりました。しかし、月額費用25万円といっても、医療費や保険料、紙オムツ代など別途費用を含めると、その月額生活費は30万円を超えます。大都市部でなければ、実際に、毎月その金額を支払える人はそう多くはありません。

高齢者住宅は、それぞれの地域に密着した住宅事業です。「高齢者住宅の需要は高まる」といっても、その商品性が、地域高齢者のニーズと合致していなければ、入居者は集まらないのです。
          

軽度要介護高齢者割合の増加による保険収入の低下

二つ目は、介護保険収入の低下です。
これは、上記の入居者確保のリスクと関係があります。
介護保険法では、要介護状態が重くなるにつれて、必要な介護サービス量が増えるため、高い介護報酬が設定されています。そのため、入居率が高くても、事業計画で想定したよりも入居者の要介護度が軽いと、収入が低くなります。

介護保険発足当時に開設された介護付有料老人ホームは、入居者を『平均要介護3』として計画しているものが大半でした。要介護1~要介護5の真ん中の要介護3という安直な設定です。
しかし、実際に想定すると、要介護3・4・5といった重度要介護高齢者の割合が相当高くならないと、「平均要介護3」にはなりません。また、現在の制度では、特養ホームは要介護3以上の高齢者が優先されるため、介護付有料老人ホームに入っていても、重度要介護状態になると、特養ホームに住み替え入所するという人も少なくありません。
そのため当初の予定と違い、要介護1~2という軽度要介護高齢者が多くなるのです。

軽度要介護高齢者が増えるもう一つの理由は、商品設計上の問題です。
増えている低価格の介護付有料老人ホームでは、入居者と介護看護スタッフの配置が特定施設入居者生活介護の基準配置の【3:1配置】程度のところが多いのですが、この配置では重度要介護高齢者の割合が多くなると、介護スタッフが対応できません。そのため事業計画では「平均要介護3.0」、実際に運営をスタートさせると「平均要介護個2.1」で、介護保険収入が少なくなり収益を悪化させているのです。
       

介護スタッフ確保の失敗・離職率の増加

現在、高齢者住宅の経営を圧迫している最大の原因は介護スタッフ不足です。
介護サービスは「労働集約的事業」です。介護サービス量が増えれば、それに比例して介護スタッフが必要となります。介護スタッフがいなければ、入居希望者がいても、受け入れることはできません。

介護スタッフ募集の失敗例
● ユニット型特養ホームが同一時期に3ケ所も作られたため介護スタッフの取り合いとなり、予定の人員が確保できなかったため、定員の半数しか受け入れできないまま、スタートした。
● 介護付有料老人ホームを運営していたが、介護現場を知らない経営者とベテラン介護主任の折り合いが悪く、更に近隣に新規特養ホームが開設したため、介護主任の退職に伴い、ケアマネジャーや介護スタッフの半数が一気に離職した

介護看護スタッフ不足の原因の一つとされているのが、離職率です。
「介護の仕事は給与は安いのに大変な仕事だ」とやめてしまう人が多いと言われています。
ただ、実際の数値をみると、全産業平均の離職率14.6%(平成30年度雇用統計調査)に対して、介護業界の離職率は16.2%、介護職員の正規職員に限定すると14.3%ですから、それほど顕著な差があるわけではありません(平成30年介護労働実態調査)。

介護業界の特徴は、事業者によって大きな差があるということです。表のように、離職率が10%未満の事業者が約44%を占める一方で、30%以上の事業者も21%になります。
また、業種によっても業種によって大きな差があり、30%以上の離職率の事業所は特養ホームの8.6%、老健施設の9.8%に対して、介護付有料老人ホームは、29.9%になります。

なぜ、平均値として介護付有料老人ホームの離職率は、他の介護サービス種別と比較して突出して高いのかといえば、無理な低価格化と関係しています。 介護付有料老人ホームの最大の支出項目は人件費です。ですから、月額費用を無理に抑えようとすると、人件費を抑えるしかありません。

例えば、60人の入居者に対して、3人で夜勤をするのと、2人で夜勤をするのとでは全く業務量は違います。2人では休憩をとることもできませんし、建物内を走り回ることになります。精神的な負担も含めると、業務負担は3倍~4倍になるでしょう。
実際に「介護の仕事は大変だ」と言って離職したという人と話をすると、介護の仕事が大変なのではなく、「その事業所の勤務体系・労働環境が異常」というケースが大半です。また「介護報酬が低いから給与が上げられない」と泣き言を言っても、その低い賃金体系で事業計画を立てたのは誰でしょう。

これらは経営ノウハウ不足ではなく、商品設計上の瑕疵です。
「需要の分析」「需要とリスクのバランス」が採れていないのです。
今後、加齢によって重度要介護高齢者が増えてきますから、更に業務量は増えてきます。また、労働人口は減少していきますから、介護スタッフの確保はより難しくなっていきます。介護報酬が上がらない限り、給与を挙げることはできませんし、月額費用の値上げにも限界があります。
無理な低価格路線をとった介護付有料老人ホームの人材確保は、更に厳しくなっていくと考えられています。



  

高齢者住宅 経営の特性・リスクを理解する

  ⇒ 『忙しいからリスクマネジメントが進まない』は発想が逆 🔗
  ⇒  入居者が確保できない・介護スタッフが集まらない 🔗
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高齢者介護 サービス上の特性・リスクを理解する

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高齢者介護にもリスクマネジメントが求められる時代

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