RISK-MANAGE

人件費・修繕費などの運営コストが収益を圧迫


高齢者住宅の経営を圧迫する運営コストの上昇。その原因はプランニング、事業計画の甘さにある。高齢者住宅は不動産事業であり、単年度利益がでているだけでは「経営が安定している」とは言えない。今後、多くの事業者が人件費や修繕費などのコスト上昇に苦しむことになる。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 010


現在、多くの高齢者住宅で経営、収支が悪化しています。
その原因は、多くの場合、入居者不足、スタッフ不足といった個別の問題ではありません。
「建設ありき」「開設ありき」で作られているため、事業計画・収支計画そのものがが甘いからです。
高齢者住宅は、賃貸住宅事業・不動産事業ですから、単年度ごとの収支が黒字であればよいというものではなく、30年40年の長期的な視点からの安定経営が必要です。
現在、多くの高齢者住宅で直面している人件費の高騰、さらに今後、多くの高齢者住宅で直面する修繕費用の増大リスクについて、整理します。

介護スタッフ人件費の高騰

多くの介護サービス事業所で、介護スタッフの確保と同時に、収支悪化要因としてクローズアップされているのが人件費の高騰です。
これが顕著に表れているのが低価格の介護付有料老人ホームです。

介護保険制度が発足した2000年当時、日本経済はバブル崩壊の不景気の真っただ中にありました。そのため失業率は高く、「これからは介護の時代だ」と、「介護スタッフは募集すればいくらでも集まる」といった状況でした。大手介護サービス事業の経営者の中には、業務改善を求めた介護スタッフに、「君たちの代わりはいくらでもいる。嫌ならやめろ…」と言い放った人もいます。

この特殊な買い手市場の中で作られた事業計画は、月額費用を抑えるために介護スタッフの半数をパートスタッフとする等、人件費総額が低く算定されています。労働市場が大きく変化した現在、多くの介護付有料老人ホームで、開設時に想定した人件費ではスタッフを集められなくなっているのです。

介護付有料老人ホームの特徴
 ■ 介護サービス事業は、労働集約的事業であり、人件費比率が高い
 ■ 人件費は固定費であり、収入が減少しても、支出は減らない
 ■ 収入の基礎が公的な介護報酬によって決められている。
 ■ 住宅事業であり、入居者の負担増となる値上げは容易でない。
 ■ 必要な介護看護スタッフ数は、介護保険制度や契約に縛られる

これは、介護付有料老人ホームの特性にも関係してきます。
介護サービスは、労働集約的事業ですから、運営費に占める人件費の支出割合が高いのが特徴です。
人件費は固定費であり、収入・売り上げに連動して支出が減りません。
またスタッフ配置は、介護保険法や契約に基づいて決められています。介護付有料老人ホームの基礎となるのは特定施設入居者生活介護の指定基準【3:1配置】ですが、入居者との間でスタッフ配置(【2:1配置】など)を契約(上乗せ介護サービス契約)で定めている場合は、これに従う必要があります。

経営者の判断によって契約変更・見直しを行うことは可能ですが、運営の途中で「月額費用を3万円上げる」ということになれば、入居者や家族からの理解を得ることは容易ではありません。
頼みの綱は、『介護報酬アップ』ということになりますが、社会保障財政・介護保険財政が悪化の一途を辿る中で、介護報酬だけが上がっていくということは考えにくいでしょう。また、いつまで働いても給与が上がらないということになれば、離職率はさらに高くなります。
特に、過度な低価格路線をとった介護付有料老人ホームは、今後、人材不足と人件費高騰という厳しい二つのリスクに直面することになります。

修繕費などのコスト・支出の増大

多くの高齢者住宅で、今後、大きな課題となるのが、修繕費の増加です。
有料老人ホームやサ高住などの高齢者住宅には『中古』という概念はありませんが、他の賃貸アパートや分譲マンションと同じように、建物・設備は劣化し、それに伴って競争力はなくなります。その一方で、事業計画は、開設後、最初に入居する高齢者も、15年後、その居室に4番目に入居する高齢者も、同じ入居一時金、同じ月額費用で契約することが前提に策定されています。

この矛盾を修正するには、定期的なメンテナンスを行い、その資産価値・商品価値を維持しつづけなければなりません。外壁がボロボロで、設備の機能も古い有料老人ホームに、開設時と同じ数百万、数千万円の入居一時金を払って入る人はいないでしょう。また、必要な修繕ができないと、建物・設備の劣化によって、事故の原因となるなど、入居者の生活に影響を及ぼすことになります。

これらの修繕費用は、毎年、同額程度、定期的、経常的に必要になるものでありません。最初の5年程度は、ほとんど必要ありませんが、10年、15年と経過するにつれて、修繕箇所は多く、金額も大きくなっていきます。特に、開設後、15年~20年目には、給水管・給湯設備、電気設備の他、エアコンや洗面ユニットなどの入れ替えが必要となるため、その金額は、開設時の工事費用の20%~30%、規模によっては数億円に達することもあります。

この修繕費用は『壊れたときに直すための費用』ではなく、『必要になったら考える』といった種類のものでもありません。また、地震などの特別な要素がない限り『ある日突然発生する』というものでもありません。

「高齢者住宅は利益率が高い」 「利益が出ている高齢者住宅」 などといった話をよく聞きますが、高齢者住宅は、その性格上、30年40年という単位で、収支が一回りします。「今期は何とか少し利益がでた」「開設後数年は、黒字が続いている」という話を聞きますが、短期的な「黒字・赤字」は、高齢者住宅事業においては、あまり意味がなく、それが「経営が安定している」という指標でもないのです。

この大規模修繕の問題は、一般の分譲マンションでも発生しており、修繕積立金の不足によって修繕ができず、手すりが腐食する等、大きな社会問題となっています。
単年度が黒字、赤字ではなく、事業計画の中でしっかり計画・手当されていないと、10年後、15年度、大規模修繕のリスクに直面することになるのです。





高齢者住宅 経営の特性・リスクを理解する

  ⇒  『忙しいからリスクマネジメントが進まない』は発想が逆 🔗
  ⇒ 入居者が確保できない・介護スタッフが集まらない 🔗
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高齢者介護 サービス上の特性・リスクを理解する

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高齢者介護にもリスクマネジメントが求められる時代

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