この程度なら・どこでもやっている・・・
介護業界にはびこるコンプライアンス軽視の風潮。社会からの視線は、今後厳しくなっていく。隠蔽や改竄、不正は、リスクマネジメントにおいては「倫理的」な課題ではなく、経営上の重大なリスクであることに気付くべき
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 006
現在、企業の存続を危うくさせるリスクマネジメントの課題として、大きくクローズアップされているのが、「コンプライアンス違反」です。コンプライアンスは、通常、「法令順守」の意味で使われますが、最近では、法律に明確に違反しているか否かだけでなく、企業倫理、企業モラルも含む概念です。
いくつかの例を挙げてみましょう。
〇 大手ゴムメーカーが耐震ゴムの性能を偽装 〇 有名料亭の食品産地偽装、食品使いまわしが発覚 〇 大手広告代理店で、女性新入社員が過労で自殺 〇 大手予備校で、組織的なソフトウエアの不正コピーが発覚 〇 自動車メーカーで相次ぎ、燃費データの偽装が発覚 |
事業上のリスクといっても、このコンプライアンス違反のブランドイメージ失墜は、突発的に発生した災害や事故とはレベルが違います。それは過失ではなく、故意・悪意だからです。「隠蔽」「偽装」「不正」を行った企業には、「あぁ、あの会社ね…」と、何をいっても信用されなくなるからです。
短期的な売り上げの低下という金銭的な問題だけでなく、従業員の勤労意欲の低下、優秀な人材が入社しないなど、長期間、経営に大きな影を落とすことになります。
法令違反・コンプライアンスインの目立つ介護業界
介護サービス事業、高齢者住宅事業は、税金が投入された公的な介護保険制度を収入の基礎とする社会性・公共性の高い仕事です。しかし、その反対に、不正請求を含めコンプライアンス違反が非常に目立つ業界になってしまいました。
いくつかの例を挙げてみましょう。
■ 介護報酬を水増し請求していたことが発覚、事業所取り消し ■ サービス提供責任者が常勤専従ではなく、併設事業所と兼務 ■ 生活相談員、看護師が不在なのに、出勤したように出勤簿を加工 ■ 入居者の要介護度が重くなるよう、認定調査を不正に加工 ■ 介助ミスによって死亡事故が発生したものの、病死と家族に説明 |
ある介護付有料老人ホームで、要介護2のパーキンソン病の女性が入浴中に心肺停止状態で発見。当初、家族に対して「10分程度離れた間に心肺停止、病死の可能性が高い」と説明していましたが、警察の調査により、付き添いの介護スタッフが1時間半にわたって浴室を離れていたこと、また病死ではなく溺水であることがわかりました。
高齢者介護は、医療や看護と同様に高い職業倫理が要求される専門職です。事実の隠蔽は、介護のプロとして最も恥ずべき不正です。しかし、『隠蔽』は嘘だから倫理的にダメだというだけではありません。
それは事業の継続を困難にする最大のリスクなのです。
事実を曲げること・隠ぺいすることは簡単ではない
介護事故は、ほんの小さなミス、一瞬の隙で発生します。
移乗時の介助ミスによって、転落、打撲事故が発生。
介護スタッフは、「どうしよう、怪我をさせてしまった」とショックを受けています。「骨折をしていなければ良いが…大きなトラブルに発展しなければ…」と思うのは当然のことです。
介護スタッフ不足に頭を悩ませている介護リーダー・管理者は「問題を大きくして追い込みたくない、やめて欲しくない」と考えるでしょう。経営者・管理者として「あの家族はうるさい」「事故が多い事業者だと思われたくない」という打算が働くかもしれません。認知症で本人の口から漏れる可能性はないし、入院につながるような事故ではない。「今度から気をつけて下さい」という口頭注意だけで、内部だけで簡単に済ませてしまいたい…
そんな、気持ちはわからなくはありません。
しかし、家族からすれば、怪我をした場合、その状況を詳しく聞きたいと思うのは当然です。
訪問した時に、擦り傷があったり、打撲による内出血のあとがあれば、「これは、なんだろう…」と思うでしょう。実際は「移乗時に、壁に肘があたって擦りむいた」という単純な事故であったとしても、報告がなければ家族はそうは考えません。「本当はもっと酷いことが起こっているに違いない」 「スタッフから虐待を受けているのではないか」と、より悪い方に想像は膨らんでいきます。
事実を隠そうとしたり、責任逃れの意図を持って説明すると、それは必ず態度にでます。
最初に説明していなかったことが、家族の質問で次々と明らかになれば、「事業者は、不都合なことを誤魔化そうとしている」「事実を隠蔽しようとしている」と思われても仕方ありません。過失は誰にでも発生しうることですが、隠蔽やごまかしは故意、悪意によるものです。どちらが家族の心証を悪化させ、態度を硬化させるのかは明らかです。
小さな打撲痕や擦り傷などで裁判になることはありませんが、その場は収まったように見えても、事業者に対する不信は確実に高まっていきます。もし、次に転倒・骨折となった場合は、話さえ聞いてもらえません。事業者に対する不信が積み重なり、固まっているからです。
一度でも隠蔽をすれば、確実に組織は根元から腐っていく
隠蔽がリスクマネジメント上、最悪の結果を招くのは、それが常態化、深化するからです。
家族は介護のプロではありませんし、その場にいるわけではありせん。事実と少し異なっていても、証拠はありませんし、口裏を合わせ上手く説明すれば、誤魔化せるでしょう。
しかし、事実を改変した、正確な情報を伝えていないという事実は残ります。
隠蔽した、家族にウソをついたという事実は、他のスタッフも見ています。
そうなれば、全員が「言わなければわからない」「これくらいなら大丈夫」と判断し、管理者にも正確な情報が上がらなくなります。「気が付きませんでした。知りません」「私ではありません」と、全スタッフに隠蔽体質が蔓延することになります。
隠蔽は、サービス事業者、介護のプロとして最も恥ずべき不正です。
そんな管理者・上司の下で働くのは、プロとしての尊厳・自己の存在意義に関わる大きなストレスとなりますから、優秀なスタッフは次々と退職していきます。そのあとに残るのは、隠蔽や改竄を何とも思わない、倫理観の欠けたスタッフだけです。また、一度、事実を隠蔽するとその内容は少しずつ深化していきます。何があっても家族に伝えない、最後には嘘を付くのも、誤魔化すのも、隠蔽するのも平気になってしまいます。それが普通になれば、もう、サービス向上も意識の改善も不可能です。
その事業者の末路がどのようになるのかは、現実に発生している事件、事故を見ればわかるでしょう。
事業者や管理者が一度でも事実を改竄したり、隠蔽したりすれば、それはトラブル増加、リスク拡大、事業閉鎖に向けて、ひた走ることになるのです。
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