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介護事故報告書の目的・役割を明確にする ~4つの目的~


事故報告書に何を書けばよいかかわからない・・・というのは、その目的・役割が明確になっていないから。介護事故報告書の役割・目的は「次の事故の発生予防」だけではない。目的・役割が明確になれば、何を書くのか、どんな点に注意して書くのが見えてくる。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 032


「介護事故報告書が上手く書けない」という悩みをもつ事業者と話をすると、「なぜ、事故報告書が必要なのか…」という、その根本的な役割や目的が理解できていないということがわかります。

「事故予防に決まっているじゃないか・・・」と答える人が多いのですが、目的はそれだけではありません。「スタッフに反省を促すため・・」という人もいますが、それは全く違います。「目を離した隙に転倒しました、ゴメンナサイ」と謝罪するだけであれば、口頭で十分です。また、「行政に報告しなければならないから・・」というのであれば、報告義務のある骨折などの重大事故以外は必要ありません。

あるリスクマネジメントのセミナーで、グループ討議をしてもらったのですが、きちんと整理して答えを出せたグループはありませんでした。みなさんは、「介護事故報告書」の役割・目的について、きちんと説明できるでしょうか。

介護事故報告書の役割・目的は大きく分けると4つあります。
この目的・役割が明確に整理されれば、何を書けばよいか、どのような点に注意して報告すれば良いか、その方向性が見えてきます。


①  発生状況・原因の把握 ~何がおこったのか、なぜ起こったのか~

第一の事故予防の基礎となるのは、発生状況の把握です。
事故発生・発見の正確な時間、その時にスタッフはどのように動いていたのか、利用者・入所者はどのような状況だったのかを正確に把握し、記録しなければなりません。
「発見したときに転倒していた・・」など、時間が明確でないときは、入居者からの聞き取り、最後に介助、見かけたのはいつかといった状況から類推します。

状況が把握できれば、そこから介護事故の原因を探っていきます。
介護事故の原因は一つではありません。介護事故の三大要因は、「介護スタッフの技術・知識」「高齢者の身体機能の低下」「建物設備備品の不一致」ですが、多くは、どれか一つが原因となって発生するのではなく、これらの複合的要因が重なることによって発生します。

また、その事故原因には、それぞれに理由が存在します。
『目を離した隙に転倒』という文言をよく見ますが、介助中にその要介護高齢者から離れたのであれば、その理由があるはずです。他の利用者に声をかけられたのか、他のスタッフと話をしていたのか、忘れ物を取りに行ったのか・・・という検証がなければ改善にはつながりません。
利用者が予期せぬ動きをしたために転倒したのであれば、ケアプランなどの見直しも検討しなければなりません。「今度から目を離さないように気を付けます」と言っても、一人の利用者・入所者が転倒しないように、常時、横について見守りをすることは実質的に100%不可能です。
介護事故を誘発した複数の原因と理由を正確に把握しなければ、適切な対策をとることはできません。



② 初期対応の検証 ~発生時・発見時の対応は間違っていないか~

初期対応の検証も重要な項目の一つです。
どれだけ事業者が努力をしても、身体機能の低下した高齢者が生活しているのですから、事故をゼロにすることはできません。
そのため、介護事故の予防は「発生予防」と「拡大予防」の両面から検討しなければなりません。
介護事故の発生時、発見時に適切な対応ができなければ被害を拡大させることになります。発見時に誰に連絡したか、頭部打撲や骨折などの異常はないか、誰が確認したのか・・など、初期対応の状況を把握するとともに、その対応に問題はなかったかを検証する必要があります。

事故発生に事業者に責任がなくても、適切な対応ができていなければ、責任を問われることになります。
例えば、サ高住などの高齢者住宅で、夜間に居室の見回り時に転倒を発見したという場合、「本人が大丈夫だと言ったのでそのまま寝かせた・・」という対応では安否確認のサービス提供責任を果たしたことになりません。実際、頭部打撲から脳内出血を起こし、翌朝に死亡していたというケースもあります。

また、介護保険施設や通所サービスの食事時間に発生する誤嚥、窒息事故の裁判では、窒息の原因よりも、その後の対応に問題がなかったのか、適切な対応を行っていたのか否か大きな争点となります。窒息をいつ発見し、救急車をいつ呼んだのか、それまでどのような緊急対応をしていたのか・・時間も含めて正確に検証する必要があります。
内服薬の誤薬も、初期対応に注意が必要なポイントの一つです。

③ 情報の集約・共有 ~連絡・報告・相談は適切に行われたか~

三点目は、介護事故に関する正確な情報の集約・共有です。
事故の情報は迅速に集約し、正確な情報を行政や家族に伝えることも報告書の重要な役割の一つです。
介護事故が発生した場合、管理者としては、「大きな問題にしたくない」と考えてしまいがちですが、その結果、無意識のうちに「大した問題ではない」「よくあることだ・・」と被害や問題を小さくとらえ、事実が見えなくなっていきます。

隠蔽・改竄の意識がなくても、どんどん問題は広がり収集が付かなくなります。骨折や入院に至るような事故の場合、行政への報告が求められますし、打撲や切傷などでも家族や保証人には必ず連絡する必要があります。その内容が曖昧で対応したスタッフによって話が違う、次々と新しい事実が出てくる、電話で聞いたことと実際の怪我の状況が違うなどということになれば、家族からの不信は増大していきます。
リスクマネジメントは、小さな事故であっても、最悪の事態を想定し、きちっと報告、連絡などの対応することが鉄則です。そうすれば、逆に問題は広がらずに対応できます。

④ 情報の一元的管理 ~発生から収束までわかるようになっているか~

最後の一つが、情報の一元管理です。
介護事故が発生し、骨折や怪我など利用者・入所者に被害が発生した場合、誠意を持って対応しなければなりません。ただ、サービス提供責任を果たしていたと考えるのであれば、その正当性をしっかりと主張することも必要です。その基礎となるのが普段のケース記録や事故報告書です。

特に、骨折、入院など重大事故の場合は、裁判など最悪のケースを想定し、家族対応の流れから終結・収束までの流れがわかるように情報を一元的に管理しなければなりません。いつ、誰が、どのように家族と話をしたのか、家族からどのような話があったか、どのような補償などを求められたかなどを時系列で記入し、その事故やトラブルが完全に収束するまで報告書に記入することになります。行政からの指示や保険会社との協議の内容も、時系列でわかるように記入しなければなりません。

また、①発生状況・原因の把握、②初期対応の検証から課題が見つかれば、安全介護マニュアル、初期対応マニュアルの見直し、ケアカンファレンスの実施、ケアプランの見直し、建物設備の点検など、介護事故の発生予防、拡大予防に必要な対策の検討・実施までを記入します。


このように、介護事故報告書には4つの目的・役割があります。
介護事故報告書の役割は、「事故が起こったこと」を報告するのではなく、「なぜ事故が発生したか」「どのように対応したのか」「その対応に問題がなかったのか」のレポートすることです。その情報を集約、共有、一元管理することで、事故予防やトラブル拡大(裁判など)に役立てるのです。

介護事故報告書は、いわゆる「始末書」ではありません。単なる言い訳文や反省文として書かれ、印鑑を押して閉じられてしまう報告書は、その目的・役割に合致していない、何の意味も役割も果たさないということがおわかりいただけるでしょう。この目的、役割をしっかりと見据え、それを起点にして事故報告書の作り方そのものを見直す必要があるのです。





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