社会的にも一般的な用語になってきた介護事故。
しかし、「介護事故とは何か」と問われるとその定義を明確に答えられる人は多くない。介護サービス事業者、高齢者住宅事業者が管理すべき「介護事故」とは何か、その範囲、責任について、徹底的に考える。
管理者・リーダー向け 連載 『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 No 40
介護サービス事業の対象者は身体機能、判断力の低下した高齢者です。筋力やバランスが低下しているために転倒するリスクは高く、骨粗しょう症のため転倒すれば骨折する確率も高くなります。
それは自宅で生活していても、高齢者住宅に入居しても同じです。
介護事故という用語も、一般的なものとなってきました。
しかし、「介護事故とは何か」と聞かれると、「転倒骨折など・・誤嚥窒息など・・」と、その種類や事例を挙げることはできますが、その定義や基準は明確ではありません。
現場からは「介護事故をゼロにすることはできない」「介護事故のすべてが事業所、スタッフの責任ではない」という声が上がりますが、「介助ミスとは何か」「負うべき責任にはどのようなものがあるか」「責任の有無の線引きはどこか」と突き詰めていくと、きちんと答えられる人は多くありません。
また、「サ高住は施設ではないので、介護事故は事業者の責任ではない・・」という人がいますが、逆に「施設内の事故はすべて事業者の責任なのか・・」と問えば、口ごもってしまいます。
これから示す介護事故の定義は、行政報告上のものではなく、リスクマネジメントの視点から、「事業者は、どのような事故を管理しなければならないのか」の範囲を示すものです。その前提として、法的なサービス提供責任、責任の範囲が理解できなければ、事業者は適切な対策をとることはできませんし、一緒に働く介護看護スタッフを事故リスクから守ることもできません。
ここでは、介護事故とは何か、その範囲や責任はどのようなものか…について、徹底して考えます。
医療事故・医療過誤・医療ミス その違い
まず介護事故とは何か、その定義の手がかりとして、比較されることの多い「医療事故」を考えます。
新聞やニュースの中でも、「医療過誤」や「医療事故」「医療ミス」という言葉が頻繁に使われていますが、この用語の違いは厚生労働省の研究会が定義しています。
医療に関わる場所、つまり病院や診療所内で患者に発生した身体的・精神的被害のあった人身事故はすべて医療事故であると規定しています。人身事故ですから、人が負傷したり、病状が顕著に悪化したり、また死亡したりする有害事故です。医療行為、看護行為に直接関係しない、患者(見舞客は入らない)が廊下で転倒した事故や、医師や看護師に被害が生じた事故(労働災害)も、これに含まれます。
それを、簡潔に整理したのが下の表です。
その中で、医療従事者のミス(医療的準則の違反)によって患者に被害が発生した事故(有害事故)を、医療過誤だとしています。医療従事者のミスによるものでも、身体的・精神的被害のないもの、例えば、歩行介助中に患者が転倒したけれど怪我をしなかった、医師が薬の分量を間違えて点滴したけれど状態に変化がなかったというケースは、医療事故でも医療過誤でもなく、医療ミスだけが残るということになります。 そのイメージを図にすると以下のようなものになるでしょうか。
介護事故を定義する ~サービス管理下にある事故すべて~
介護事故の定義は、この医療事故・医療過誤の定義を基礎として、3つの点を修正します。
① 介護事故にはスタッフの労災は含めない
ひとつは、介護看護スタッフの被害は、介護事故から分離させるということです
労務災害は、労働環境の整備という側面から検討すべき重要な課題ですが、介護労働の性格上、単一の事故で生じるもものばかりではなく、腰痛など日々の業務の積み重ねによって発生するものもあります。そのため「対象高齢者(利用者、入所者、入居者)に発生した事故」に限定し、介護サービス提供中に発生した事故であっても、スタッフの受ける労務災害は介護事故とはわけて考えます。
② 有害事故に限定しない
二つ目は、介護事故は有害事故に限定しないということです。
「怪我がなくてよかった」というのはその通りですが、それは、たまたま運がよかったにすぎません。
怪我の有無、被害の程度は、介護事故の定義ではなく、その中身・内容として分類すべき事項です。
また、介護には、ケアマネジメントによって一人一人介助方法は違ってくるため、医療界の医療的準則違反のように、「何が介助ミスなのか」を判断することは容易ではありません。
そのため、ここでは「歩行中に転倒した」という時点で介護事故と捉えます。サービス管理の視点からは、怪我や骨折の有・無ではなく、その原因となった事故事象を正確にとらえることが必要だからです。
③ サービス管理下にある事故全てが対象
三点目は、サービス管理下にある事故全てが対象になるということです。
サービス提供責任の範囲は、それぞれのサービス内容、事業種別によって異なります。
例えば、訪問サービスや通所サービスは、サービス提供時間が明確に定められていますから、そのサービス時間内に発生した事故(または発生原因のある事故)です。
これに対して、高齢者住宅や介護保険施設は、24時間365日サービスを提供しています。そのため、「家族と一緒に外出した先での事故」「お正月などで自宅に戻った時の事故」などの特殊なケースを除き、基本的には24時間365日、サービス管理下にあるということになります。
ここで注意が必要なのは、介護保険施設や高齢者住宅のサービスは「介護サービス」だけではないということです。「自立歩行の高齢者が玄関で滑って転倒・骨折した」という場合、介護中の事故ではありませんが、「玄関が滑りやすくなっていた」「廊下に備品が置いて邪魔になった」という場合、住宅サービス(建物設備備品)の管理責任が問われます。また、「認知症高齢者が一人で外にでて自動車事故に合った」というケースでは、「安否確認や生活相談(ケアマネジメントのサポート)が、適切に行われていたのか」という問題がでてきます。
このように整理すると、サ高住であっても「明らかに事業者のサービス提供責任の範囲ではない」という事故を探す方が難しいということがわかるでしょう。
以上の点を踏まえ、ここでは介護保険施設、高齢者住宅において、サービス管理上、管理すべき介護事故とは、以下のように定義することができます。
「事業者のサービス管理下にある入所者・入居者に発生する、すべての事故」 ① 死亡、生命の危険、怪我など、身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた事故 ② ①の可能性があった事故 ③ 職員、スタッフの過誤、過失の有無を問わない |
高齢者住宅の事業特性、サービス内容を考えると、事業者として管理すべき介護事故の範囲は、とても広いということがわかるでしょう。
もちろん、「サービス管理下で発生した事故は、すべて事業者の責任」というわけではありません。それは介護付でもサ高住でも同じです。ただ逆に、「サ高住で発生した介護事故は、住宅事業者は無関係」と目をそらせてしまうことは、明らかに間違いであり、非常に危険なのです。
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