企業は、激変する経営環境の中、生き残りをかけて、合理化・整理という「リストラクション」から、業態・ビジネスモデルの変化・変容という「トランスフォーメーション」の時代に入っていく 。これからの労働者は社内評価ではなく、市場価値の高いプロフェッショナルを目指し、技術や知識、ノウハウを磨く必要がある。
介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 002
「まともな給与をもらって、安定した生活、楽しい人生を送るには、どのような仕事が良いのか」
「どのような働き方が良いのか、どのような資格を取り、どのような技術・知識を磨けばよいのか」
それは永遠のテーマである。
1980年に出版され世界的ベストセラーになった、未来学者のアルビン・トフラーの「第三の波」。
彼は、「第一の波」である農耕社会、「第二の波」である産業社会に続いて、「第三の波」として情報化社会の到来を予測した。その予言の通り、情報化社会は到来し、ドラッカーの言う弁護士や公認会計士など高度な情報・知識を取り扱うナレッジ・ワーカー(知的労働者)がもてはやされ、日本でも「弁護士が足りなくなる」と法科大学院が設置された。
しかし、それ以上にインターネット(IT)や人工知能(AI)の技術革新のスピードは想像以上に早く、すでに知的労働者の需要・役割・価値は急速に小さくなりつつある。
同様に、「これからはインターネットの時代だ」「IT技術者が不足する」と言われる時代があった。
全国でインターネットに関係する大学や専門学校が激増したが、プログラムの仕事は人件費が安い海外へ発注されるようになり、日本のシステムエンジニア(SE)の長期間労働、低賃金という労働環境の悪化が社会問題となっている。
他業種を評論するまでもなく、それは介護業界においても同じことが言える。
2000年の介護保険発足時には、「これからは高齢者介護の仕事!!」「超高齢社会到来で将来性が高い」と大騒ぎしたのが嘘のように、介護の仕事は不人気で介護労働市場は冷え込んだままだ。
労働市場の変化は、景気変動だけでなく、技術革新、グローバル化など様々な要因が絡み合うため、正確に予測することは難しい。「ITの時代」に続いて「AIの時代」は間違いなくやってくるだろうが、それはその産業・仕事に従事する労働者の高収入、好待遇を約束するものではない。
高校や大学を卒業した新卒者は、これから50年近く働くことになり、30代、40代からの転職であっても、これから30年、40年と働くことになる。その中で、どのような仕事が生み出され、どのような仕事に将来性があるのかを予想するのは、雲をつかむような話だといって良い。
ただ、この問題が、至るところで頻繁に議論のテーマに上がるのは、これまで「良い仕事」「安定していた仕事」と言われていた社会通念がガラガラと音を立てて崩壊しているからだ。
仕事探しの基本は、「何のプロになるのか」?で、「自己実現・自分らしい幸せな人生」と「まともな給与をもらって質の高い生活をする」という人生の二つの命題をクリアするためには、「やりがいのある仕事でプロを目指す」「そのプロフェッショナルの市場価値が高くなる知識・技術を選ぶ」という二つの視点が必要になると述べた。
そのためには、「どんな仕事が良いか、どんな業界が良いか」を議論する前に、まず「労働の評価基準」が大きく、また急速に変化していることを理解しなければならない。
企業内評価は 年功序列から成果主義へ
日本の全労働者の内、サラリーマンの占める割合は、およそ全体の9割を占める。
その評価基準は、長い間、企業内の勤続年数や年齢を基礎とした「年功序列」が一般的だった。
給与や賞与のベースとなる基本給は「年齢給」であり、5年目には主任級、10年目には課長級と役職手当が加算されていく。 この人事制度は、勤続年数が高くなれば、それだけ業務に対するスキルやノウハウが蓄積され、企業への貢献度が上がるという評価に基づくものだ。
社員にとっても、評価基準が明確で不平不満がでにくいこと、また新人の時は給与低くても、20代後半で結婚をしたり、30代で子供ができたり、住宅ローンを組んだりと、年齢につれて、段階的に給与が上がることから、生活設計をしやすいというメリットがある。
『うちの会社は何年働いても、給与が変わらない』といった不満を口にする人が多いが、それは『働いていれば給与は自動的に上がるもの』という人事システムが、まだ一般的・標準的なものだと思っている人が多いということだ。
しかし、世界的に見ると、この「年功序列」や「終身雇用制」は日本型雇用システムと呼ばれる非常に特殊なものだ。この人事体系では、会社の業績・収益が悪化しても、人件費は右肩上がりで増えていく。また、若年層に対する給与は低く抑えられるため、新卒者など若い人材が集まらなくなってしまう。更にPCやITなどの技術革新によって、経験蓄積型のスキルやノウハウの比率は大きく下がっているため「経験=企業貢献度」という時代ではなくなっている。
つまり、年功序列・終身雇用というシステムは、過剰な若い労働力を背景とした高度経済成長という、特殊な経営環境・社会環境下でのみ成立する人事制度・報酬体系であり、少子化、グローバル化、技術革新など急激な経営環境の変化に、対応できなくなっているのだ。
その結果、現在、多くの企業で取り入れているのが、個人の業績によって給与や昇進を決める「成果主義」と呼ばれる人事評価システムだ。
「頑張れば頑張った分、評価され、給与に反映される」というモチベーションの向上、高いスキルやノウハウを持つ即戦力となる優秀な人材が集まる、といったメリットが挙げられ、「技術革新や収益環境の変化に柔軟に対応できる人事システム」だといって良い。
営業活動における「歩合制」のほか、労働時間ではなく成果で報酬を決める「裁量労働制」、個人・部門の成果をボーナスで支給する「業績連動型賞与」などがある。
世界的にはこちらがスタンダードな人事制度である。日本でもバブル崩壊後のリストラと並行して急速に広がり、現在では、全体の約80%の企業が「成果主義」を導入している。
しかし、これらは、どちらも企業内の人事制度・給与体系の変化でしかない。
いま、労働に対する評価制度は、新しい時代に進もうとしている。
それは「企業内評価」から飛び出した、「市場評価」への変革だ。
労働価値は企業内評価から市場評価の時代へ
昨年、東京三菱UFJ、三井住友、みずほの大手金融機関が、大幅な人員削減に動き出すというニュースが大きな話題になった。
私が大学を卒業した平成2年は、まさにバブル経済の絶頂期。都市銀行を筆頭に、生命保険会社、証券会社などの金融機関は給与水準も高く花形だった。バブル崩壊から「失われた20年」の中でも、日本経済の大動脈である都市銀行は、合併を繰り返しながらも国の政策よって強固に守られてきた。
しかし、その中核である都市銀行でさえ、人工知能やフィンテックなどの金融技術の進化によって、「リストラクション=業務・業態の再構築」が待ったなし、行員の大削減を行わざるを得ないところまできている。
ただこのニュースは、銀行・金融業界だけの問題ではなく、経営者・企業目線の話でもない。
労働者の働き方、仕事の選び方に大きな影響を及ぼす大変革の始まりを示すものだ。
これまで「仕事を選ぶ」=「会社を選ぶ」ということだった。
「いい大学に入って、いい会社に就職」というのが、人生の成功の一つのルートだと考えられていた。
就職すれば、同じ会社で定年まで働き、おおよそ年齢に応じて、役職や給与が上がり、その収入に合わせて住宅ローンを組み、子供を産み育て、退職金をもらって老後に備えるという社会だった。安定した人生設計のためには、「安定している大手企業に入る」というのが最もわかりやすい基準だった。
しかし、これは40年、50年と会社が安定的に維持され、成長するということが大前提である。
それは人事制度が「年功序列」から「成果主義」に移行したときから揺らぎ始めている。大企業でも、成績が悪ければ昇進や給与の増加は望めない。どんどん年下、後輩の上司が増えていく。
また「成果主義」は常に現在の成果を求められる。「10年前に、どれだけこの会社に貢献したか」「トップセールスマンだった」という過去は関係ない。
それでも、会社の経営が安定しているうちは、まだ良い。
過去の成果によって課長、部長と昇進しても、技術革新や求められるノウハウ・スキルの変化に対応できなれば居場所がなくなり、給与が高いため会社の経営が傾けば真っ先にリストラの対象となる。会社が倒産したり、他の企業に買収されると、「10年前にあのヒット商品を生み出したのは俺だ」は武勇伝ではなく、酒場での愚痴になる。40代、50代で800万円、1000万円という年収があっても、ほとんどの人は、その半分以下でも就職口を見つけるのが難しい。
週刊誌で、毎年「平均年収トップ100企業」「学生就職人気ランキング」などという記事が掲載されるが、10年前、20年前のものとは様変わりしている。
銀行だけでなく、東芝やサンヨー、シャープなどの家電業界でも、百貨店などの流通業界でも、テレビや新聞などのマスコミ業界でも、急速な時代の変化に対応できなければ、あっという間にマーケットから締め出されていく。会社のビジネスモデルが変化すれば、評価基準だけでなく、求められる技術・知識・人材はガラリと変わってしまう。 その会社でしか働けない、その技術や知識は会社の中でしか通用しない…という人は、会社が変われば行くところがない。
そう考えると、これからの時代、労働者は、自らの労働価値を企業内、組織内だけに求めてはいけない時代になったということがわかるだろう。
これからの労働者が目指すものは、「市場評価の向上」である。
これは、企業から見た「経営環境の変化」への対応ではなく、労働者から見た「労働環境の変化」への対策である。これからのサラリーマンは、社内評価だけではなく、社会や業界における市場価値の高いプロフェッショナルを目指して、技術や知識、ノウハウを磨く必要があるということだ。
これは、当然の流れだといって良い。
市場価値によって、その労働評価が決まるのは、芸能人やスポーツ選手だけではない。
一般サラリーマンでも、管理職や専門職のヘッドハンティングは盛んにおこなわれており、銀行でも優秀な人材はより高い給与、待遇で引き抜かれていく。人材紹介や転職サイトでも、「個々のノウハウやスキルを売り込む」というスタイルのものが増えている。
激変する経営環境を「企業戦国時代の幕開け」という人がいる。
これから企業は、生き残りをかけて、合理化・整理という「リストラクション」ではなく、業態・ビジネスモデルの変化・変容という「トランスフォーメーション」の時代に入っていく。
同様に労働者の働き方も、江戸時代の武士から戦国時代の武士へと変わっていくのだ。
経営者と、市場価値の高いプロフェッショナルな労働者は同じ立場にある。
これまで、リストラという名目で労働者を切り捨てるのは企業サイドだったが、同様に労働者から働き甲斐のない会社を切り捨てることのできる時代になるということだ。企業にとって必要不可欠な人材なのであれば、その市場価値に見合った給与・待遇を用意するしかない。
気に入らない上司の下で、その評価を気にしながら、鬱々と働く必要もなく、自分の働きたい場所、必要とされる場所、一緒に働きたい人を自分で選ぶことができる。市場から求められるノウハウ・スキルには人事評価や定年さえもない。それは「個人の給与・待遇」「会社の評価」だけでなく、「社会的な役割」「生まれてきた意味」など、より高い自己実現の目標を持って働くことができるのだ。
あらためて、「市場価値の高いプロフェッショナルになれ」と言う意味がわかるだろう。
市場価値の向上こそが、これからの社会で生き抜くための、最強の働き方なのだ。
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