これからの仕事選びは「AIやロボットに代替されないものが良い」という単純な話ではない。どんな仕事を選んでも競争相手は「グローバル化」によって世界中に広がっており、その生存競争はますます激化していく。「これからは〇〇の仕事が有望だ」という観測は誰にもできず、そんな仕事も資格もない。
介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 006
前回と 前々回、二回にわたって、「IT+AI+ロボット」で奪われる仕事、奪われない仕事について整理した。この変化のスピードは、私たちの想定を超える速さで進んでいる。
その筆頭に挙げられるのが、ごく最近まで高額所得者の代表格だった市場予測や株式取引を行うファンドマネジャーや金融トレーダーだ。 アメリカの上位12社の投資銀行のセールス、トレーディング、調査部門で働く人の年収は平均50万ドルと言われ、年収数百万ドルを超える人も少なくなかった。
しかし、現在、ウォール街ではAIによるリストラの嵐が吹き荒れている。
意識的か無意識かを問わず偏見や感情によって目が曇る人間よりも、市場調査や市場予測の正確さ、実績では、AIが人間を大きく上回るからだ。ゴールドマンサックスでは、現物取引部門の調査・分析を担当する人員が600人いたとされるが、今は2人しかいない。
日本にも、証券投資の分野で情報分析や投資価値の評価を行う「証券アナリスト」という資格があるが、そのスキルやノウハウはAIにとって変わられるだろう。
ブックオフなどの古書販売、洋服や家電商品のリユース・リサイクルも苦戦が伝えられている。
「もったいない運動」「増え続けるごみ問題」を背景に、平成3年に資源リサイクル法が整備され、買取・転売を行うリサイクルショップが全国で増加した。
しかし、現在はメルカリやヤフオクに見られるように、インターネットは、B to B (事業者間取引) や、B to C (事業者・消費者間取引) という、すべての業態に共通するこれまでの商取引を超え、C to C (消費者間取引)と言った、新しいジャンルを生み出している。
技術革新は、私たちの生活を豊かにまた便利に、そしてサービス・商品の低価格化といった消費者のメリットを拡大してくれるが、同時に、労働者として多くの仕事のスキルやノウハウを奪っているということ、その変革のスピードは、非常に速いということが理解できるだろう。
デイトレーダーやユーチューバーなど、「今、人気の仕事…」「これからは〇〇の時代だ…」といっても、20年後、30年後ではなく、5年、10年後もどうなっているのかわからないのだ。
「IT+AI+ロボット」に取られないから安心ではない。
それは、コンピューターやロボットに代替されない仕事であればよい、という単純な話でもない。
同じ仕事であっても、AIやITによって、求められる知識・技能は大きく変化しているからだ。
例えば、これまで医師が経験や知識をもとに行ってきた病気の診断や治療計画。
現在では、ビッグデータをもとに、AIを使って検査データから病名を絞り込むことは可能だ。
近い将来、AIロボットの指示によって、タッチパネルで症状を伝え、それによってAIが必要な検査項目を選定し、またその結果をAIが分析、病名を診断するという日がやってくるだろう。
実際にニューヨークのがんセンターでは、六〇万件の医療報告書、一五〇万件の患者記録や臨床試験、二〇〇万頁に及ぶ医学雑誌の情報を人工知能型コンピューターに蓄積し、患者の症状、遺伝子、薬歴などを分析させることで、治療計画を作成することに成功している。
これは、医師の技術の違いによる誤診を防ぐというだけでなく、必要な検査の絞り込み、過剰な投薬など医療費の高騰に悩む多くの国で導入されることになるだろう。
もちろん、医師が不要になるということではない。
AIによる診断が可能でも、実際の治療は生活環境や年齢、体力によって変わってくるため、治療効果や副作用などのリスク、治療期間や費用などについて、専門的な見地からわかりやすく説明してくれる医師の存在はより重要になってくる。
ただ、これからの医師の資質として不可欠なものは、患者・家族への「共感力」であり、「説明しました、サインしてください」というインフォームドコンセントではなく、高いコミュニケーション能力や説明力が、強く求められることになる。
これは教育関係でも同じことが言える。
教師はなくならない仕事の一つだと言ったが、現在、大手受験予備校では、テレビでも活躍しているカリスマ講師が、北海道から沖縄までインターネットを使って授業をしている。大学での大講義も知識中心のものは同じようにインターネット中継となるだろう。大学の教師はゼミによる少人数指導や、議論の活発化や方向性の示唆といった、学生とのコミュニケーション能力が求められることになる。
また、これまでは知識詰込み型の勉強、試験が多かったが、インターネットの情報検索機能が発達したことにより、これからは多様な意見や情報をまとめる力や、工夫やデザインをする能力が高く評価される時代になる。暗記系の法的資格のプレゼンスが低下しているのを見てもわかるように、これからの教育は大きく変わっていく。
それに応じて、教師に求められる能力・資質そのものが変わるのだ。
経営者やコンサルタントも同じことが言える。
経営者やコンサルタントという仕事は「なくならないもの」に分類されているが、だからと言って有望なわけではない。生きることができるのは、世の中をデザインする新しいビジネスモデルを構築できる、それを継続できる経営者・コンサルタントだけだ。
「IT+AI+ロボット」+「グローバル化」「競争の激化」
オズボーン准教授や野村総研が発表した論文 「雇用の未来」は、技術革新による雇用の変化だ。
しかし、仕事や職能に影響する要因はそれだけではない。
一つは、グローバル化だ。
製造業は、少しでも安い労働力を求めて、世界を動き回っている。
「世界の製造業」と言われた中国だが、人件費の向上とともに、その優位性は衰えており、その中心地はインド、マレーシア、タイ、インドネシアなどに移っている。最近では、中国通信機器メーカーのファーウェイも、自社のスマートホンの製造の一部をインドに移すとしている。それは工業製品だけでなく、家電、衣服、更には農作物まで広範囲に渡る。
またそれは、単純労働だけではなく、知的労働の分野にまで及んでいる。
インドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールのIT技術者の数は2020年には200万人に達するという。低価格と高品質を武器に、日本を含め世界からシステム開発やアプリ開発などの仕事を請け負っており、その結果、日本国内のプログラマーの長時間労働、低収入は社会問題となっている。
これは「産業・生産が、人件費の安い外国に出ていく」という単純な話ではない。
海外の安い人件費の中で作られた安い製品がどんどん入ってくると、日本国内の生産量は減退する。
また、国内の人手不足を背景に、昨年末に入国管理法が改正され、単純労働を含む外国人労働者の受け入れを拡大したが、アメリカやEUなどですでに問題になっているように、「安い人件費の外国人労働者を受け入れる」ということは、その業務についていた日本人の仕事を奪われるということでもある。現在は人手不足だが、景気が減速すればまた労働者は余ってくるため、日本人の給与も、同じ仕事であれば、外国人労働者と同程度の収入に近づいていく。
日本は物価が高い先進国であり、平均給与は他の国と比較しても高額である。グローバル化は、国内競争から国際競争になるということでもあり、仕事の価値、スキル・ノウハウも、他の人件費の安い国の人と競争するということになる。そう考えると、グローバル化が仕事や労働者に及ぼす影響は、海外取引を行っている企業や製造業だけではないということがわかるだろう。
仕事の価値を変化させる、もう一つの要因は、国内での過当競争だ。
柔道整復師は、平成10年には29000人程度だったのが、平成28年の段階では2倍以上の68000人を超えている。接骨院の数も、平成28年の段階で47000ケ所、整体院を含めると10万ケ所、類似するマッサージやリラクゼーションを含めると15万ケ所に及ぶとされている。過当競争が問題となっているローソンやセブンイレブンなどのコンビニエンスストアの数が、5万ケ所程度だということを考えると、その数の多さがわかるだろう。
医療保険の対象となる柔整療養費は、平成18年(3630億円)から平成28年(3794億円)と微増に留まっているため、接骨院一か所当たりの収入は、この10年の間に、1179万円から790万円と約2/3に、柔道整復師の収入は、938万円から557万円へと約4割も減少している。
資格を取得できる大学の増加によって、今後も、有資格者の数は増えていくことから、ますます厳しい競争を迫られることになる。
歯科医院も、明らかに供給過多の状況にある。
歯科医院の数は、全国で69000ケ所(平成28年)となっており、京都の我が家のマンションから100m圏内にコンビニは2か所だが、歯科医は3ケ所ある。
歯科医になるには大学6年と研修期間1年が必要となり、特に私学の場合には、高額な教育資金が必要になる。また専門的な治療機器が必要になるため、歯科診療所の新規開設にあたっては、4000万円~5000万円が必要だともいわれている。これに家賃や歯科衛生士、事務員、リース料などの費用も掛かるため、実質的な収入は300万円~400万円という人も少なくない。
更に過当競争となっているのが、美容院だ。
平成29年度末の段階で美容院の数は、なんと24.7万ケ所、美容師の数は50万人を超える。最近は、低価格のカット専門店も増えており、その年収は300万円程度だとされている。毎年、新しく作られる美容院の数は全国で3500ケ所程度だが、その二倍以上の8000もの美容院が閉鎖しているという状態だ。
これら柔道整復師、歯科医師、美容師の仕事は、いずれも「IT+AI+ロボットでも、なくならない仕事」として挙げられているものだ。
もちろん、これらの仕事に未来がないと言う訳ではない。歯科医の平均年収は、全産業の平均年収と比較すると高く、カリスマ美容師や柔道整復師など、年収の高い人はたくさんいる。しかし、競争の激化によって、収入格差はさらに大きくなり、二極化し、かつ下振れしていくことになる。
「柔道整復師」「歯科医」といった国家資格を取っても、「子供の頃からの夢だった美容院を開設した」といっても、競争に打ち勝つだけの経営ノウハウや、選ばれるだけの高い技術、顧客を満足させられるコミュニ―ケーション能力がなければ、最低限の生活を維持する収入を得ることさえ、難しくなるだろう。
これはITだけでなく、将来有望だとされているAIの仕事でも同じことが言える。
現在、「これからはAIの時代だ!!」と言われるように、人工知能が私たちの生活環境を大きく変化させることは間違いない。大きな産業となり、一部の富裕層は生み出すだろう。
しかし、それはITと同じで、「すべてのAI技術者の未来は明るい」という意味ではない。その競争相手は、技術革新だけでなく、世界中に広がっており、その競争はますます激化していくことになる。
これらは、資本主義経済の中での「労働価値」の需給バランスを考えると当然のことだといって良い。
近い将来、高度な分析によって、何でも予測可能な人工知能ができたと仮定し、「これから最も有望なのはロボット関連の仕事だ」と告げたとしよう。そうすると、その仕事に就きたいという人が急増し、ロボット関連の労働市場の需要と供給のバランスが崩れ、結果的に一人一人の給与や待遇は下がることになる。更に、国内だけでなく、海外の技術者との競争となるため、同じ土俵で競争すると、同じ技術レベルでは、安い給与水準の国に合わせることになってしまう。
気象の観測技術が発達すれば、「これから1週間は晴れの日が続く」「今年の冬は暖冬だ」ということはわかるようになるが、「これからは〇〇の仕事が有望だ」「△△の資格を取れば、一生安泰だ」などという観測は、誰にもできないし、そんな仕事も資格もないのだ。
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