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介護業界で不足しているのは「労働者」ではなく「人材」


介護労働者不足が顕著なのは、この5年程度の話。景気動向の変化、AIやロボットの進化によって介護業界にも人は戻ってくる。この業界の抱える根本的な課題は、事業の中核となるサービス管理者の絶対的不足。介護のプロを目指すということは、超高齢社会に不可欠な人材になるということ。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 016


2008年の社会保障国民会議によれば、2025年には211万人~255万人もの介護職員が必要となり、このままでは30万人以上が足りなくなると予測されている。高齢者介護は、国が担保する他に類例のない安定した仕事 🔗 で述べたように、少子化によって、労働人口は更に減少するため、介護人材の確保は更に難しくなると考えられている。
これは大きなベクトルとしては間違いないだろう。
ただ、「介護人材不足がより深刻になるか」と言えば、単純な話でもない。

労働市場変動の波は、景気変動の波と連動している。
景気が悪くなれば、失業率は高くなり、景気が良くなれば失業率は下がる。
介護業界に人が集まらなくなったのは、この10年程度の話で、2000年の介護保険制度のスタート時には介護労働の希望者が殺到し、ホームヘルパーの研修期間も半年待ちという状態だった。それはバブル崩壊によって、長期間続いた日本のマイナス成長時代とリンクする。今また、ようやくオリンピックや大阪万博などによって、景気回復の兆しが見えてきたために、企業が投資を活発化させ、それによって全産業で労働者不足が顕著になってきたのだ。

ただ、経済のグローバル化によって、日本の国内景気も世界経済と連動し、また定期的に循環するため、好景気化が続くというものではない。中国など新興国経済の鈍化、政治の混乱などの不安定要素も多く、また不景気になれば高齢者介護にも人は戻ってくる。
これに、「IT+AI+ロボット」に脅かされる仕事の価値 🔗 で述べた革命的とも言うべき技術革新の波が重なる。 この10年~20年の間に、ロボットや人工知能によって代替することが可能だとされる仕事の割合は49%だとされており、その業務に従事している労働者は2500万人を数える。
もちろん、そのすべての人がその職を失うというわけではないが、「介護労働者不足が30万人」というのとは、桁が二つほど違うのだ。

テクノロジーの進化によって、現在の「ユーチューバー」「IT技術者」のように、これまでにない新しい仕事もたくさんでてくるだろうが、それは「国内限定の労働集約的な仕事」でない。そうなると、高齢者介護は、これからの国内雇用を下支えできる数少ない産業の一つであり、仕事を失う可能性がある2500万人の1~2%が介護の仕事をするだけで、介護人材不足は解消されることになる。

つまり、現在の「介護労働者不足」がいつまでも続くわけではないのだ。


介護業界は絶対的な人材不足

「介護業界は絶対的な人材不足だ」とセミナーで話すと、多くの人は何を今さら・・という顔をするが、それは単純に介護労働者の人数が足りないという意味ではない。この業界の抱える根本的な課題は、事業の中核となるサービス管理者が絶対的に不足しているということだ。

老人福祉施策として社会福祉法人に限定されていた介護サービス事業が、介護保険制度によって民間にも開放されたことから、「要介護高齢者が増える」「超高齢社会に不可欠な事業」と、この20年で爆発的に増加してきた。
しかし、その一方で、新規参入事業者が大半を占め、また介護実務や事業特性を理解しないまま、また人材育成が追い付かないまま拡大路線で進められた計画が多いことから、事業・サービスの中核となる介護リーダーの育成は進んでいない。

従来の社会福祉法人でも、それまでの福祉施策の延長で、地方議員や理事や理事長で、介護経験も資格もないその親族や天下り公務員が施設長、事務長というところがたくさんある。口先では、「ご利用者様第一主義」「心のこもったケア」などと立派なことを言っていても、ケアマネジメントやリスクマネジメントといった基礎知識もなく、厳しいことを言われると「介護をしてやっている」「素人の家族があれこれうるさい」と、上から目線の介護職員が多いのも事実だ。
その結果、大手事業者や社会福祉法人でも、考えられないようなレベルの低い介護サービスが行われ、介護虐待、死亡事故、介護殺人が発生している。

ただ、評判のよいデイサービスと人気のないデイサービス、離職者の多い特養ホームと少ない特養ホーム、事故の少ない老健施設と多い老健施設、どちらも介護保険制度の下で行われており、サービス内容・価格帯に大きな違いはない。前者はたまたま優秀なスタッフが一生懸命働いていて、後者は運悪く質の低いスタッフが手を抜いて仕事をしているわけでもない。もちろん、働いている介護スタッフの給与・待遇にも大きな差はない。
どちらも普通に仕事をしているのだが、その普通のレベルが違うのだ。

サービスの質は、間違いなく施設長や介護部長と言ったサービス管理者によって決まる。
管理者の能力が高いところは、風通しがよく、介護スタッフはやりがいと目的を持って働いており、トラブルやクレームも少ない。利用者、家族だけでなく、地域の優良な医療機関やケアマネジャー、サービス事業者からも信頼は高く、利用希望者は増えていく。
これが逆になると、事故やトラブルが多発し、まじめで優秀なスタッフから次々と離職し、隠蔽や手抜きをするスタッフばかりが残り、更に事故やトラブルが増えるという悪循環に陥る。「介護スタッフのレベルが低くて困る」と文句ばかり言っている施設長や管理者がいるが、それは、スタッフではなくあなた(管理者)の質か低いのだ。

この人材不足は高齢者住宅事業では、商品設計にも関わってくる。
高齢者住宅のプランニングについては、Planning 「高齢者住宅の崩壊と成長の時代がやってくる」 で述べているが、高齢者住宅事業の成否は、事業計画・商品設計の段階で決まるといって良い。低価格の介護付有料老人ホームやサ高住の多くが、重度要介護高齢者の増加に対応できずに倒産すると予測されているが、それは事業計画の段階で、サービス管理の視点から介護現場を熟知しているスタッフがいないからだ。だから「介護できない介護付」ばかりが増えているのだ。

高齢者介護は介護スタッフの人数をそろえ、マニュアルを渡せばできるというもものではない。その地域ニーズ・個別ニーズに合わせて介護サービスの現場を管理し、その質を向上させる、事業の中核となるリーダーが必ず必要となる。介護サービス事業の成否は、優秀な管理者・リーダーを確保できるか否かにかかっていると言っても過言ではない。

一部の経営者は、事故やトラブルが増加する中で、それに気づき始めている。
高齢者介護は新しい産業であり、上の方でポストが詰まっているという状態ではない。
最近では、介護スタッフから相談員、ケアマネジャーを経て、介護を始めてから10年以内、30代で施設長や管理者になる人が増えている。
介護スタッフ不足を背景にした介護スタッフの派遣会社はたくさんあるが、今後は、中核となるサービス管理者の紹介やヘッドハンティングを手掛ける会社が増えていくだろう。
知識・経験・能力のある、市場価値の高い介護リーダーは取り合いになり、管理職・サービス責任者として高給で迎えられる時代になるのだ。

これは、待遇・給与だけの話をしているのではない。 介護のプロを目指すということは、個別の事業者だけでなく、超高齢社会に不可欠な人材になるということだ。 それはこのコラムの一番始めに、仕事選びの基本は「何のプロになるのか」か🔗  で述べたように、「市場価値の高いプロフェッショナル」の高いプロになるということなのだ。





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