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介護のプロ 市場価値向上のための介護リスクマネジメント


経営管理に不可欠な要素として、より積極的な「リスクマネジメント」が必要とされる時代。高齢者・家族の権利意識の変化を受け、介護経営においてもサービス管理・経営管理の根幹であるが、事業者側の対策は大きく遅れている。介護事業におけるリスクマネジメントの理解、価値は一気に高まる。

介護スタッフ向け 連 載 『市場価値の高い介護のプロになりたい人へ』 024


リスクマネジメントという言葉は、介護業界だけでなく、この10年程度でよく耳にするようになった。
最近は、あらゆる分野の産業で、その特性に合わせたリスクマネジメントセミナーが開催されている。

しかし、その概念は、特別新しいものではない。ホテル業界でも、飲食業界でも、製造業でも、それぞれ利用者や顧客とのトラブルを回避するために、「秘訣、経験、ノウハウ」というものを持っている。「捨てるようなものでも、忘れ物として一定期間取っておく」「満足度や不満を聞く社長直通のアンケートを設置する」など、目に付くものはたくさんある。食料品のパッケージに「熱しすぎに注意」「電子レンジは使えません」「開封後はできるだけ早くお召し上がりください」などと、「本当に必要なのか?」と思うほど丁寧に書かれているのも、広くとらえれば「リスクマネジメント」だ。

ただ、これまで日本では「リスクマネジメント」と「サービス向上」の概念は、曖昧なものだった。
しかし、近年、業界を問わず「リスクマネジメント」がクローズアップされているのは、経済のグローバル化、ITなどの技術革新、消費者の権利意識変化によって、これまで想定していなかったトラブル・リスクが発生し、それが企業・組織の存亡にかかわるような事態に発展するケースが増えているからだ。
最近、よく目にするのが、インターネット上での批判が殺到し、収拾がつかなくなる「炎上」だ。
数百年続いた老舗企業、一部上場の巨大企業においても、一人の従業員の軽率な行為を発端に、経営判断ミスや対応の遅れが重なり、企業の存続が危ぶまれるような事態となっているのは、ご存知の通りだ。

これまでの「経験・ノウハウ・秘訣」といった内向き、受身の対応ではなく、「お客様のため」といった曖昧な概念ではなく、経営管理に不可欠な要素として、より積極的な「リスクマネジメント」が必要とされる時代になっていると言える。


リスクマネジメントの目的は、組織防衛

介護業界において、リスクマネジメントの重要性が高まっているのも「環境の変化」が関係している。
高齢者の転倒、骨折などの事故は、私が特養ホームで介護の仕事を始めた20年前にも多数あったが、当時は、利用者側に「福祉にお世話になっている」という意識が強く、大きなトラブルへと発展することはなかった。家族に連絡すると、逆に「ご迷惑をおかけします」と謝罪されたもので、苦情を言われたり、損害賠償請求で訴えられるなど考えたこともなかった。
しかし、介護保険制度以降は、介護サービスに対する権利意識が強まるにつれ、「部屋がきれいに掃除されていない」と苦情を言われたり、介護スタッフのミスによる事故でなくても「キチンと介護していたのか」「何かミスがあったのではないか」と、訴訟や損害賠償などを求められるケースが増えている。

感染症や食中毒の問題も同じことが言える。これまでも施設内でインフルエンザが流行し、亡くなる高齢者はいたはずだ。しかし、「新型インフルエンザ」「O157」「ノロウイルス」など、社会的な関心の高まりによって、老人ホーム等での集団感染や死亡者がでると大きく報道されるようになった。今回の新型コロナウイルスでも初期対応の遅れ、書類整備の整備、行政への決められた連絡等の対応できておらず被害が拡大した場合、厳しく指摘されることになる。それは入居者だけでなく、介護スタッフの生命さえも危うくさせるものだ。

介護施設・高齢者住宅のコロナウイルス対策について Ⅰ
介護施設・高齢者住宅のコロナウイルス対策について Ⅱ

介護業界では、リスクマネジメントの目的を「介護事故の削減」「利用者・入居者に対するサービス向上」だと捉える人が多いが、それは主たる目的ではない。リスクマネジメントはサービス管理・経営管理の手法であり、その目的は、サービス提供上発生する様々なリスクから事業やスタッフを守ることだ。

例えば、入居者が入浴中の事故によって死亡すれば、施設名も大きく報道され、新しい入居者や介護スタッフの確保が困難になる。時には、数千万円の莫大な損害賠償が請求されることもある。更に、事故内容によっては、一緒に働く介護スタッフ個人が業務上過失致死に問われる可能性もある。

「事故ゼロを推進」と家族や入居者向けにセールスポイントとしてアピールしているところがあるが、これはリスクマネジメントとは何かをわかっていない。「事故ゼロ」というのは、「ガン患者 全件治癒・全員社会復帰を目標」と宣言しているようなもので、事業者や介護スタッフがどれだけ努力しても不可能だからだ。それは、感染症や食中毒、自然災害なども同じだ。
リスクマネジメントは、事故や感染症を減らすことではなく、業務上、事業者・スタッフの受けるリスクを減らすことだ。もちろん、事故の発生予防もその手法の一つだが、介護看護サービス実務だけでなく、契約書の中身の検討や事前説明や協力依頼、建物設備の見直しなど、日々行っている全ての業務の根幹となるものだといって良いだろう。


リスクマネジメントの遅れは、事業継続の根幹に関わるリスク

これは、リスクマネジメントとケアマネジメントの関係を考えるとよくわかる。
リスマネジメントとケアマネジメントの関係については、市場価値向上のためのケアマネジメントの理解 🔗 で述べたが、それは「事故予防のケアマネジメント」だけではない。

例えば、「ふらつきが見られるために、移動時は見守りを行う」「入浴時、浴室内では移動一部介助」などと書いたケアプランを見ることがあるが、いかなるときも、その高齢者の移動を見守り続けることなど現実的には不可能だ。しかし、ケアプランでその契約を締結しているため、転倒、骨折すると契約義務違反となり、裁判になれば確実に負ける。
また、「一部介助」といっても、どのような点に注意して介助をするのかが明確ではなく、介護スタッフの経験や知識、技術によって介助方法が変わってしまう。浴室内の移動で隣に付いていたのに滑って突然転倒、頭部打撲で死亡ということになれば、その事業者、介護スタッフは、刑事・民事ともに大きな責任を負うことになる。ケアマネジメントを通じて、「自立歩行が可能な高齢者もシャワーキャリーを利用してもらう」といった入浴環境の整備や、事故を予防するための介助方法の明確指示が必要になる。

リスクマネジメントは、経営マネジメント、特にスタッフ不足に直結する課題でもある。
介助中に、他の高齢者から話しかけられ、右を向いて左を向いたときには、高齢者は転倒しているということもある。スタッフの少ない夜間にコールが鳴っても、他の高齢者の介助中であれば、すぐに駆け付けられるわけではない。法的に見れば、「介護スタッフのミス」「安全配慮注意義務違反」ということになるが、それは「できないことをやれ」と言っているに近い。
また、ミスをしたわけではなくても、介護事故が目の前で起こると、トラブルを避けられなかった、入居者にケガをさせて申し訳ないという自責の念が重く圧し掛かる。同時に、できていないこと、やらなければならないことばかりが目に付き、また同じような事故・トラブルが起こるのではないかと大きなストレス・重圧がかかることになる。

高齢者や家族からのクレーム・トラブルも同じことが言える。
高齢者、要介護高齢者といっても、「物わかりの良いおじいさん」「優しいおばあさん」ばかりではない。一生懸命に仕事をしていても、「こんなまずいもの食えるか」「食事の配膳が遅い」と怒られたり、ほとんど訪問しない家族から、突然「部屋が掃除できていない」「いつも同じ服を着ている」といったといった苦情を受けることもある。
「人に優しい仕事がしたい」と意欲をもって介護の仕事を始めても、「こんなはずではなかった」「私には介護の仕事は向かない」と、責任感の強い、優秀なスタッフほど、ストレスや重圧に押しつぶされ、燃え尽きるように辞めてしまうのだ。

リスクマネジメントは、サービス管理の基礎でもあり、かつ経営管理の根幹でもある。
しかし、高齢者・家族の権利意識が高まっているのに対して、事業者側の対策は大きく遅れている。
「介護はサービスだ」「お客様第一主義」など言いながら、家族や利用者から意見や苦情を受けると、「うるさい家族だ」「嫌なら家で介護すればいい」と、介護してやっていると言わんばかりの人も少なくない。大手介護サービス企業の経営者でも、「介護事故ゼロを目標」と言いながら、実際に事故が起きると「事故はゼロにはできない」「介護スタッフのミス以外の事故は関係ない」と、事業者の事故責任の範囲さえ理解していない。
実際、特養ホームの施設長やデイサービス・訪問介護の管理者に、「どのようなリスクがあるのか」と聞いても、整理して適切に答えられる人は一部の人に限られる。「老人ホームやデイサービス内で発生する事故のすべてが事業者の責任ではない」という声は多いが、「事業者の法的責任とは何か」「どのような場合に責任を問われるのか」という基本的に質問にも整理して答えられる管理者は少ない。

しかし、これは業界内だけで「事故のすべてが事業者の責任ではない…」「事故はゼロにできない…」と、同業相哀れむで傷をなめ合っていれば済むという話ではない。
介護サービス利用に対する高齢者・家族の権利意識は強くなっており、事故やトラブルが事業に与えるリスクは、福祉の時代とは比較にならないほど高くなっている。直接的な介助ミスによる事故でなくても、骨折事故の裁判では「予見可能性あり」「安全管理義務違反」と高額の損害賠償が認められている。病院でのモンスターペイシェント、学校でのモンスターペアレントと同じように、一部暴走した権利意識を持つ利用者・家族の波は、介護サービス事業にまで押し寄せてくることになるだろう。

介護事故報告書の書き方、介護事故の法的責任など介護リスクマネジメントの概念、実務については、介護事業の成否を決める「リスクマネジメント」 🔗 に詳しく書いているが、リスクマネジメントの技能・ノウハウは、介護サービス事業、高齢者住宅事業の長期安定経営の根幹になるものである。
介護業界は、その対策が大きく遅れている分だけ、そのノウハウ・知識の市場価値は、今後、一気に上がることはまちがいない。



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