RISK-MANAGE

発生可能性のあるリスクを情報として分析・整理する


介護のリスクマネジメントが進まない最大の理由は、事故やトラブルを「負のイメージ」だけでとらえ、「大した問題ではない」と消極的な対応をとってしまうこと。介護リスクマネジメントは、想定される事故やトラブルを整理・分類し、理解・共有することからスタート。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 022


経営者の中には、「うちの老人ホームは、特別な対策はしていないが事故やトラブルはもともと少ない」「スタッフはよく頑張っているし、家族からの満足度も高い」という人がいます。しかし、それは、「この地域には、これまで大きな地震や火事がないので、防災対策は不要・・」と言っているのと同じです。

介護のリスクマネジメントが進まない最大の理由は、事故やクレーム、トラブルを「やっかいなこと」と負のイメージでとらえているからです。そのため、転倒・骨折事故が発生しても「この程度のことは大した問題ではない」「事故やトラブルには、誠意をもって対応すればいい」という消極的な対応となり、それが対策の遅れ、トラブル拡大の原因になっています。

どれだけ優秀な事業者であっても、優秀なスタッフばかりであっても、対象は身体機能や判断力の低下した要介護高齢者ですから、事業者の責任かミスか否かは別にして、事故やトラブルは必ず発生します。
リスクマネジメントは「リスクマネジメント委員会」でも「事故報告書」でもなく、積極的に、想定される事故やトラブルの整理・分析し、理解・共有することから始まります。

リスクマネジメント 最初のステップは、「全員参加のリスク分析」

高住経ネットでは、介助場面、入居者の状態、事故の経緯、傷害程度、原因等に分類し、どのような事故が発生しているのか、その法的責任の有無や改善点のポイントの整理を進めています。
実際に発生している事故を整理すると、様々なことがわかってきます。
まず、ケガの有無に関わらず、発生件数が最も多いのは、自立歩行高齢者(歩行器利用含む)の転倒と、車いす利用者のベッド・車いすなどの移乗時の転落です。大腿骨の骨折や頭部打撲による脳出血など、重大事故に発展するリスクが高くなります。

生活行動・エリア別に見た場合、事故件数・事故種別ともに多いのが、「入浴」と「食事」です。
入浴は、シャワーキャリーが壁にぶつかっての足指骨折や表皮剥離、浴室の床で滑っての転倒、シャワーキャリーから浴槽へ入るときの転倒、ストレッチャーからの転落、衣服の着脱時のふらつき転倒、目を離した隙の溺水などが挙げられます。溺水だけでなく、突然滑って転倒するために頭を強打すること、浴室の床は強度が高いことなどが死亡事故多発の理由として挙げられるでしょう。これは、大浴槽、個別浴槽、特殊浴槽などの浴室のタイプによって変わってきますし、特殊浴槽の場合は、チェアインバスなど種別によっても違ってきます。

食事の場合では、誤嚥と喉(食道)に詰めての窒息が発生します。
これは介護スタッフが食事介助(直接介助)を行っている要介護高齢者よりも、自分で食べることのできる軽度要介護高齢者、慌てて食べる傾向のある認知症高齢者に多いようです。
このように介助場面、生活場面ごとに整理すると、発生しうる事故・トラブルは限定されていくのです。

私たちは介助場面、生活場面ごとに発生する、入居者の事故の一覧表を作っていますが、決してそれは、「特別なノウハウ」というものではありません。上記のような事故の特性は、介護の現場で経験のある人であれば、すぐに想像がつくでしょう。ここで大切なことは、新人もベテランも、介護スタッフも看護スタッフも、相談スタッフも、できれは事務スタッフも含めて、全員で可能性のある事故やトラブル、クレームについて情報を共有するということです。

リスクマネジメントの第一ステップとして提案しているのは、「全員参加の整理・分析」です。
入居者の事故分析を例に、その方法の一例を挙げてみましょう。
全スタッフを、介護、看護、相談などの職種や新人・ベテラン、有資格・無資格などが偏らないように、5つのグループに分け、食堂担当、浴室脱衣室担当、居室担当に振り分けます。そして、それぞれのグループで、「生活・介助場面」「事故種別」「事故原因」などから、想定される事故ケースを整理・分析していくのです。

例えば、食堂では、「移動・移乗」「食事」が行われ、そこで発生しうる事故は、「転倒」「転落」「誤嚥・窒息」「異食」「火傷」「その他」となります。その中で「誤嚥・窒息」は、どんな状況で起こるのか、どのような原因で、どのようなタイプの高齢者に起こるのか、どのような予防策があるのか、イメージを膨らませていきます。浴室・脱衣室は、一つにしていますが、「浴室」と「脱衣室」で、生活行動や予測される事は故変わってくるでしょう。
このグループワークは一ヶ月程度、そして最後に全スタッフの前でプレゼンテーションを行います。

これは、事故だけでなく、家族からクレームに対する分析にも応用できます。
「サービスに対する苦情」「他の入居者に対する苦情」「金銭・費用に対する苦情」「スタッフに対する苦情」「契約に対する苦情」などに分けて、その内容や原因を客観的に整理・分析すれば、全体像が見えてきます。
そうすれば、家族への対応、入居者への言葉遣い、スタッフ間の言葉遣い、ユニフォームの清潔など、家族や入居者が何を見ているか、どんな点に不満を感じるのか、わかるはずです。

この分析・整理で重要なことは、「全員参加」と「自分たちで考えること」です。
「事故の整理の一覧表が欲しい」「事故整理について講演してほしい」という依頼がありますが、それではほとんど意味がありませんし、また身にもつきません。その内容は、高度なノウハウや経験が必要になるほど、難しいもではありません。最初から正解をだす必要もありませんから、プレゼンテーションのあとで、ディスカッションすれば内容は深まります。「教えてもらう」のではなく、「自分たちで、じっくり考える」ということに意味があるのです。

この整理・分析は、新設事業者のスタッフ研修、新人研修においても、有効な手段です。
介護付有料老人ホームでは、ベテランの介護福祉士から無資格の新人スタッフまで、様々な経験・知識・技術の人が働いています。経験や知識、技術を一気に向上させることはできませんが、「どの生活エリアで」「どの生活場面で」「どんな原因で」「どんな事故が起きるのか」を理解することは、そう難しいことではりません。介護技術の習得には時間がかかりますが、全員が「事故」を想定して介助・介護を行うだけで、事故の発生可能性は確実に格段に減るのです。
それは交通事故と同じです。「どんな時間帯に」「どんな場所で」「どんな原因で」「どんな交通事故が起きるのか」を理解して自動車を運転するのと、漠然・漫然とハンドルを握っているのとでは、事故の可能性は全く違ってくることは容易に想像できるでしょう。

発生予防対策か、対応力の強化か

もう一つ、このリスクの分析で重要なことは、原因から「回避可能なものか、削減努力すべきものか」また、「発生予防か、拡大予防か」といった、対策をイメージしておくことです

「事故は起こしてはならない。ゼロにしなければならない・・」という人がいますが、上記のように事故を整理していくと、予防できる事故と予防できない事故があることがわかってきます。介護スタッフによる移乗介助時の転落事故は、事業者の努力によってある程度その発生を予防することができますが、自走車いす高齢者が自分で行う移乗時の転落事故は回避できません。そのため「転落時に重大事故にならない対策」「家族へのリスクの説明」が重要になってきます。

クレーム・苦情も同じです。
「聞いた金額と違う」「聞いていたサービスと違う」といった金銭や契約にかかる苦情・クレームは、事業者の説明不足です。毎月、月額費用以外に必要となるオムツ代や医療費などを想定して、「生活費見積書」を提示するなど、丁寧な説明を行えば、確実に回避できるものです。

これに対して、「食事が美味しくない」「いつも同じ服をきている」といったサービスに対する苦情は、一人ひとり意見や感じ方は違いますから、ゼロにすることはできません。「ご意見はありませんか・・」「このようにさせていただいていますが・・・」と、積極的に意見を聞くことによって、対応に力を入れるべきものです。最初から、すべての入居者・家族が100%満足できる生活・サービスは提供できないということが理解できていれば、身構える必要はないのです。

小さなサインや意見を「大きな問題ではない」「また考えておきます」と、その場限りの曖昧な対応をすると、大きなトラブル、感情的なクレームとして跳ね返ってくることになります。小さな意見・トラブルを、感情的なクレームにしないための対応力が求められるのです。

インフルエンザや疥癬などの感染症の予防は、予防に重点を置くと同時に、発生したときにどうするか、拡大を防ぐためにどうするかという対応力の強化も重要になります。いくつかの段階・ステージに分けて、「対象者を隔離する」「ショートの利用を見合わせる」「家族の訪問はエントランスで行う」などの対策検討も必要です。

このように、発生可能性のある事故やトラブル・クレームの内容を分類し、整理することで、その対応方法が見えてくるのです。以前、「事故やクレームの少ない老人ホームは優秀」「事故報告書の数が少ないところが良い」という人がいましたが、それは、まったくトンチンカンだということがわかるでしょう。発生予防も拡大予防もひとまとめにして、「事故を削減・ゼロにしなければならない」「苦情・クレームをなくそう」という、最初からできもしない目標を立てるために、立ちすくんでしまうのです。

高齢者住宅のリスクマネジメントは、事故やトラブルを理解することから・・・
それはファーストステップであり、第一の鉄則です。



「事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

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