RISK-MANAGE

介護リスクマネジメントはケアマネジメントと一体的


ケアマネジメント・リスクマネジメントは不可分のもの。ケアマネジメントを充実させればリスクは減少し、ケアマネジメントの不備は、入居者の事故・トラブルの増加だけでなく、事業者のリスクも増大させる。介護予防計画書の作成、ケアカンファレンスの充実が不可欠。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 025


介護サービスは、要介護高齢者、それぞれ一人一人の生活を支援するための個別対応が原則です。
個々人の身体機能、認知機能、希望を把握し、それぞれの生活リズム・個別ニーズに合わせて、提供されなければなりません。介護保険制度の大きな成果の一つは、この「個別ケア」を基礎としたケアマネジメントの手法が確立されたことにあります。

これは介護保険施設、介護付有料老人ホームでも同じです。
介護保険施設や特定施設入居者生活介護などの日額包括算定方式の報酬は、施設的な集団ケアだからダメで、区分支給限度額方式の出来高算定こそが、あるべき個別ケアの姿であるかのように言う人がいますが、これは全くの間違いです。

確かに、20数年前の特養ホームでは、午前5時、午前9時、午後1時と、施設が時間を設定し、一斉に排泄介助に回るという「集団ケア」のスタイルでした。しかし、現在の特養ホームでは、入所者それぞれの排泄の間隔や時間をデータ化し、それぞれの高齢者の生活リズムに合わせて排泄介助を行うという「個別ケア」のスタイルに変化しています。逆に、「区分支給限度額方式だから良い」というものではなく、多くのサ高住や住宅型有料老人ホームで行われている「囲い込み」は、個別ケアとは正反対のものです。
報酬体系や算定方法によって「どっちが個別ケア」「どちらが優れている」というものではありません。


また、このケアマネジメントは、リスクマネジメントにも重要な役割を果たします。
ケアプランは、ケアマネジャーが介護看護スタッフに対して「介護サービスをどのように提供するのか」という介護の指示書であり、同時に入居者・家族に対して「どのような介護サービスを、どのように提供するのか」を示した契約書です。骨折、死亡などの重大事故が発生した場合、適正に介護が行われていたか、契約義務違反はなかったのかを判断し、裁判の行方を左右する最重要書類となります。

事故のリスクを高める脆弱なケアマネジメント

しかし、このケアマネジメントの質は、事業者・ケアマネジャーによって大きな差があり、その中身・対応が脆弱だと感じるものは少なくありません。ケアマネジメントやケアプランに対する法的責任の認識も甘く、実際に発生している重大事故の事例を見ても、ケアマネジメントの不備が事故を招いている、ケアプランかリスクを高めているというケースは少なくありません。
その特徴を3つ挙げます。

① アセスメント・モニタリングの不備

一つは、アセスメント・モニタリングの不備です。
アセスメントは「環境アセスメント」など一般的な用語ですが、介護保険の中では、「課題分析」と訳され、介護サービスを提供する上で、どのような介護、介助が必要となるのかを情報収集し、現在の生活の中でどのような課題や問題があるのかを把握することです。そして、ケアプランを策定する上での目標や指針を立てていきます。また、このアセスメントを基礎とした策定されたケアプランが生活の向上に役立っているか、目標が達成されているのかをチェックする作業がモニタリングです。

このアセスメント・モニタリングは、ケアマネジメントの基礎だともいえるのですが、全体の課題として見えてきたのが、介護事故などリスクの可能性について十分に検証、検討されていないということです。
このアセスメントやモニタリングを通じて、個々の要介護高齢者の長期目標、短期目標をつくるのですが、どうしても、「引きこもりがちなので外出を支援する」「早く高齢者住宅での生活に慣れる」といった前向きの目標ばかりになってしまい、「家の中で何度も転倒して危ない」といった直面する課題がない限り、「最低限の安全をどのように確保するか」という前提が見過ごされています。
もちろん、「一日に一度は外で散歩をする」といった計画は重要ですが、「現在の身体状況では散歩時にどのような事故が想定されるか」「入居後に発生しうるトラブル・事故」といった安全な視点からのアセスメントも不可欠です。

② 曖昧・不可能なケアプラン

二点目はケアプランの質・内容の問題です。ケアマネジャーは、アセスメントやモニタリングででてきた課題分析をもとに、その要介護高齢者の生活を支援するためのケアプランを策定します。
しかし、ここにも問題があります。いくつか例を挙げて見ます。

事例Aは、現実的に不可能な指示を行っている例です。
「見守り」という言葉が使われているケアプランは多いのですが、本来の見守りは、直接介助したほうが簡単な介助を、本人の自立支援のためにあえて、手を出さずに観察するという高度な介助技術です。何か変化があれば、事故につながらないように、すぐにサポートできる体制にあるということが前提です。

「見守り」は本来、食事中や入浴時(お湯につかっている)などに、使われる言葉です。
歩行時は、見守っていても、突然バランスを崩して転倒すれば間に合いません。
Aのケアプランは、対象者が歩く時は、24時間365日スタッフが、転倒しないように付き添うという現実的に不可能な指示を介護スタッフに課しています。それでも契約ですから、転倒・骨折すれば「予防のための見守り不十分」「適切なサービス提供が行われてない」と契約不履行に問われます。

事例Bは曖昧な指示の例です。
一部介助という指示もよく目にしますが、どのような介助を行うのか明確ではありません。介護付有料老人ホームや介護保険施設では、ベテラン介護福祉士から新人スタッフまで、その介護技術、介護知識には大きな違いがあます。「一部介助」「全介助」というだけでは、スタッフによってそれぞれに自己流のバラバラな介助が行われることになります。
それではケアプラン策定の意味がありません。付き添っていても、足元が滑って入居者が突然転倒・骨折した場合、事業者の責任は免れませんし、いまだ両手で手引き歩行をしている事業所がありますが、これも相当危険です。転倒すれば、介助ミスを問われます。

事例Cは必要な指示が行われていない例です。
食事の直接介助の必要性と、誤嚥・窒息の可能性は本来別のものです。食事介助の場合、自分で食べることのできる高齢者でも、嚥下機能が低下していますから、誤嚥や窒息のリスクはあります。特養ホーム等で、複数のスタッフが介助している場合、自分が食事介助している高齢者だけに集中してしまい、「誰かが見ているだろう・・」と、介助不要な高齢者への注意・対応が遅れ、窒息で死亡事故となるケースも発生しています。

③ 家族参加のないケアカンファレンス

ケアカンファレンスの不備もリスクを高めている大きな要因の一つです。
問題は、高齢者や家族に対するケアプラン、介護サービス内容の説明が十分ではないということです。
家族からすれば、ケアプラン・アセスメント等と専門的なことを言われてもわからないので、専門家に任せておけば事故のない安全・快適な最高のケアプランを作ってくれるだろうと考えます。ケアマネジャーからも、理解不足の家族に丁寧に説明することに意味を感じないという人もいます。

しかし、ケアマネジメントは安全な生活、事故予防に対して万能ではありませんし、事故は事業者の努力だけでゼロにすることはできません。ケアカンファレンスの中で、転倒事故の発生例・発生可能性があることや、その事故防止に対してケアプランでどのような対策を採っているのか、及びその対策の限界を丁寧に説明しなければなりません。
また、対象者本人だけでなく、家族にもケアカンファレンスにも積極的に出席してもらい、「ふらつく時は車椅子を利用してもらうこと」「夜間のPトイレ利用時には必ずスタッフを呼んでもらうこと」を一緒に話をしなければなりません。
ケアプランを家族・入居者に説明しないことは、説明義務違反だということだけでなく、事故・トラブルの拡大を防ぐ、大きな手立てを放棄しているに等しいのです。

ケアマネジメントとリスクマネジメント一体的なもの

ケアマネジメント・ケアプランは単なる介護報酬算定のための介護サービス計画ではなく、ケアマネジャーだけのものでもありません。「どのような点に注意して介護サービスの提供を行うのか」という契約ですから、法的に見ても、介護サービス提供責任、損害賠償の金額とも大きく関わっています。
ケアマネジメントの理解、充実なくして、リスクマネジメントの推進はできないのです。

ただ、「介護事故に留意してケアプランを策定しよう」というだけでは十分ではありません。
ケアマネジメントやケアカンファレスの中で、ケアマネジャーや各サービス担当者が、発生しうる介護事故について十分に検討し、かつその情報を共有し協議しやすいように、また要介護高齢者やその家族にもわかりやすく説明できるような方法が必要だと考えています。

それが、導入を提案している「介護事故 予防計画書」です。
これについては、別途、詳しく解説します。



「事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

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「責任とは何か」 介護事故の法的責任を徹底理解する 

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