RISK-MANAGE

スタッフ教育・研修の基礎は介護リスクマネジメント


教育・研修プログラムの作成は、それぞれの企業・経営者が、「どのようなスタッフを育成するのか」「どのようなサービスに力を入れるのか」、それぞれの事業者の理念、ノウハウの 形にするもの。ただ、すべての事業者に共通し、その基礎となるものがリスクマネジメント。

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 028


スタッフ教育は、その介護関連施設、高齢者住宅の資質・経営力が問われるポイントです。行政も、介護職員の定着を図るために介護職員処遇改善交付金の中でキャリアパスを義務づけるなど、介護スタッフ研修、技術向上に対する取り組みを行っています。
ただ、介護サービス事業所は、専門学校や福祉系大学などの教育機関ではありません。
事業所内で行われるスタッフ教育の目的は、個々のスタッフの技術・知識を向上させるという単純なものではなく、事業の推進、継続に必要となるスタッフを育成することです。

意味のない新人研修 逆効果のスタッフ研修

近年、介護事故やトラブル、クレームなどの問題がクローズアップされるにつれて、研修や育成に力を入れる高齢者住宅が増えています。しかし、多くの事業所で共通している二つの問題があります。

① やりっぱなし・場当たり的研修

一つは、教育・研修がやりっぱなし、場当たり的だということです。
リスクマネジメントセミナーに参加しても、その研修が実際に業務に活かされておらず、レポートを出して終わりと言うところも少なくありません。学生が単位をとるために勉強しているのではなく、プロとして事業所からお金と時間をもらって研修しているのですから、明確な業務上の改善を行って、その金額以上の効果が得られなければ意味はありません。参加者は、その内容を事業所に還元する義務があり、また事業所はそれを求めなければなりません。

これは、研修や教育が計画的に行われていないということを意味しています。
新人スタッフ研修やキャリアアップ研修を行うためには、「どのようなスタッフを育てるのか」「新人スタッフには何を求めるのか」といった事業者の理念や指針が必要となるのですが、それがないために、「他の事業所でやっていそうなことを、とりあえずやっている」という無計画なものとなるのです。

スタッフを研修に派遣しただけで、「事故対策をやっている」「これで報酬加算がつく」と満足しているようでは意味がありません。まず、管理者や経営者が視野を広く持って、自分達が理想とするサービスとはどのようなものか、今の自分達に足りないものは何か、どのような研修が必要なのか、ということを計画することが必要です。

② 研修と実際の業務に乖離

もう一つは、新人スタッフ研修の内容と、実際に行っている業務が乖離しているということです。
新人研修で、外部から講師を呼んで、入居、家族に対する言葉遣いや接遇の研修がおこなわれていても、実際の介護看護スタッフを見ると、靴を踏んで歩いていたり、「〇〇ちゃん、オムツ取ってぇ・・」「何してるの? ちゃんと食べてよ・・」と、ひどい言葉遣いのところもたくさんあります。安全な移動介助方法や車椅子操作を習っても、実際は「忙しいから・・」と全く違うことをやっているというのでは、意味がありません。

このような研修は、意味がない、目的を達しないというだけでなく、「建前と本音は違う」「研修で習ったことをしなくてもよい」ということを言っているのと同じで、有害でしかありません。「連携・連絡不備」はリスクマネジメントの致命的欠陥🔗で述べた情報共有においても、「知らなかった」「聞いてない」ということが常態化するのは、スタッフ教育ができていないからです。

新人研修・スタッフ研修の基礎となるのはリスクマネジメント

どのような教育・研修が必要になるのかは、事業種別によっても違います。
教育・研修プログラムの作成は、それぞれの企業・経営者が、「どのようなスタッフを育成するのか」「どのようなサービスに力を入れるのか」を形にするものだといって良いでしょう。
ただ、すべての事業者に共通するのは、その基礎はリスクマネジメントだということです。
リスクマネジメントの視点から、プログラム作成にあたって基礎となる4つのポイントを挙げます。

① 個人ではなく、全体のレベルを上げる

管理者や経営者の立場で見れば、「Aさんは真面目で、いつも一生懸命で頑張ってくれている」「Bくんは、気分によって仕事にムラがある」という評価をしているでしょう。

しかし、第三者から見れば、多少の濃淡はあっても、優秀な介護スタッフが一人だけいるという介護付有料老人ホームも、一人だけ飛びぬけて感じの悪いスタッフがいるという特養ホームもありません。
また、優良な高齢者住宅のスタッフはいつでも一生懸命で、劣悪な高齢者住宅のスタッフはいつでも手を抜いているという訳でもありません。それぞれが普通だと思って仕事をしているのですが、「挨拶の仕方」「仕事の段取り」「入居者への声かけ」「介助方法」など、その普通のレベルが違うのです。

その老人ホームの普通のレベルに適応できない人は退職していきます。努力をしないスタッフがやめていくところもあれば、その逆のケースもあります。そうして、サービスのレベルは固定されていくのです。

全体の質・レベルを上げるという視点は、介護事故対策の基本です。
夜間に入居者が転倒・骨折したという話を聞いて、「よかった、ちょうど主任が夜勤でいてくれた・・」と安堵することもあれば、家族が対応に怒っているという話を聞いて、「あぁ・・あの新人スタッフが応対したのか・・・」と肩を落とすこともあるでしょう。
その気持ちはわからなくもありませんが、このような個人の資質の「ラッキー・アンラッキー」に頼っていては、いつまでも介護事故やトラブルを無くすことはできません。スタッフ教育は、数人の優秀なスタッフを育てることではなく、技能・経験・知識がバラバラの介護スタッフの底上げを行うこと、その全体のレベルを上げていくことに主眼をおいて行うべきものです。

管理者や経営者の中には、「経験者が欲しい」「即戦力が欲しい」と話をする人がいますが、残念ながらそれは、スタッフ教育とは何かをわかっていない証拠です。
そんなところには優秀な人材は行きませんし、育てることもできません。

② 新人研修はリスクマネジメントの徹底

新人研修の基礎は、リスクマネジメントです。
事故や感染症、食中毒などの発生原因とならないこと、事故が発生した時に、最低限の必要な初期対応ができることに重点に教育をすすめていかなければなりません。例えば、業務上のリスクを情報として分析・整理する🔗で述べたように、「脱衣室ではどのような事故があるのか」「入浴中の転倒事故はどのような時に発生するのか」という知識を持つだけで、介護事故は確実に、大幅に減らすことができます。
その上で、OJTの中でその介護事故を予防するために「安全に車椅子を押すにはどうすれば良いか」「入浴介助の注意点」「食事介助のポイント」を伝えていけば、何故そうするのかがわかります。
転倒事故が発生、発見した場合どう対応するか、家族からサービスに対してクレームを受けた場合の応対方法等も、重要な教育ポイントです。

事務職や営業職の場合、「失敗しながら成長する「叱られながら一人前になる」と言いますが、介助の失敗は要介護高齢者の身体・生命に関わる問題に発展します。今日から働く未経験の新人介護スタッフであっても、入居者に触れる以上、大きな失敗は許されないのです。

この新人教育のあり方は、離職率にも関係してきます。
慢性的な介護スタッフ不足の原因の一つは離職率の高さにあります。特に1年以内の離職率が非常に高いのが特徴です。短期間で退職した人にその理由を聞くと、「介護の仕事は怖い」という意見が返ってきます。これはリスクマネジメントに対する教育が十分ではないからです。
新人スタッフも含め全スタッフが安心して、安全に介護できるための環境・教育体制を整えることが、事業者の重要な責務であり、スタッフ教育はその一つなのです。

③ 教育訓練の教科書として必要な業務マニュアル

もう一つ重要なのは、スタッフ教育のための教科書をつくることです。
その教科書は、言うまでもなく業務マニュアルです。「介護マニュアル」の目的は「マニュアル介護」ではない🔗で述べたように、業務マニュアルは、いわゆる「マニュアル的な介護」を行うものではなく、安全なケア、サービスを提供するための基礎となるものです。それは、初めて介護の仕事をする新人スタッフだけでなく、他施設で経験のある介護福祉士でも、「前の施設では違うやり方をしていた」と、危険な我流の介護方法を取る人もいます。
他施設でより優れた対策を採っているのであれば、冷静に議論し、見習うと言うことも必要ですが、それぞれがバラバラに動き出すと、必ず介護事故やトラブルの原因となります。
業務マニュアルを策定するというのは、個々の事故を減らすということだけでなく、すべてのスタッフが一致団結して業務にあたるということであり、その指針を示すものでもあるのです。

④ 人事考課・キャリアパスと連動させる

スタッフ教育において、最も重要なことは、それぞれ一人ひとりのスタッフに、介護のプロとして目標を持たせ、自ら努力させるシステムを構築するということです。そのためには、無資格の新人スタッフと、ベテランと介護福祉士まで、それぞれ個々人の目標を持たせて、それが達成できるようにサポートしていかなければなりません。

新人スタッフであれば、最初の一ヶ月で日勤業務が一人でできるようにすること、三ヶ月で夜勤が独り立ちできるようにすること、一年で事故の初期対応ができるようになることなど、事業者としてその人に何を求めるのか、また、そのスタッフは「資格を取得したい」「将来的にはケアマネジャーになりたい」という希望があるのであれば、それに沿った短期・長期目標設定のサポートが必要になるでしょう。

介護福祉士の中堅スタッフであれば、日勤帯や夜勤帯でのサービス提供責任者という目標を掲げ、そのためには介護知識や技術だけでなく、「スタッフ教育」「各種情報の整理・判断」「事故報告書策定」といった事項が一人でできるようにサポートすることになります。
それがキャリアパスであり、その能力の向上、評価に従って人事考課を行い、給与や待遇、昇進に反映していかなければなりません。

以上、4つのポイントを挙げました。
繰り返しになりますが、教育・研修プログラムの作成は、それぞれの企業・経営者が、「どのようなスタッフを育成するのか」「どのようなサービスに力を入れるのか」を形にするものです。言い換えれば、教育プログラムは、それぞれの事業者の理念、ノウハウの体現するものなのです。
ここまで述べてきたように、全ての高齢者住宅、介護サービス事業者に共通し、その根幹にあるのがリスクマネジメントなのです。





「事故に立ち向かう」 介護リスクマネジメントの鉄則

  ⇒ 業務軽減を伴わない介護リスクマネジメントは間違い 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはポイントでなくシステム 🔗
  ⇒ 発生可能性のあるリスクを情報として分析・整理する 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはソフトではなくハードから 🔗
  ⇒ 事故・トラブルをリスクにしないための相談・説明力 🔗
  ⇒ 介護リスクマネジメントはケアマネジメントと一体的 🔗
  ⇒ 介護マニュアルの目的は「マニュアル介護」ではない 🔗
  ⇒ 「連携不備」は介護リスクマネジメントの致命的欠陥 🔗
  ⇒ 介護新人スタッフ教育の土台は介護リスクマネジメント 🔗

「なにがダメなのか」 介護事故報告書を徹底的に見直す

  ⇒ 介護事故報告書に表れるサービス管理の質 🔗
  ⇒ 「あるだけ事故報告書」は事業者責任の決定的証拠 🔗
  ⇒ 「介護事故報告書」と「ヒヤリハット報告書」の違い 🔗
  ⇒ 介護事故報告書が上手く書けないのは当たり前 🔗
  ⇒ 介護事故報告書は何のために書くの? ~4つの目的~ 🔗
  ⇒ 介護事故報告書の「4つの鉄則」と「全体の流れ」 🔗
  ⇒ 介護事故報告書は誰が書くの? ~検証者と報告者~ 🔗
  ⇒ 介護事故報告書の書式例 ~全体像を理解する~ 🔗
  ⇒ 介護事故報告書 記入例とポイント 🔗
  ⇒ 事故発生後は「事故報告」  事故予防は「キガカリ報告」 🔗 
  ⇒ 事故予防キガカリ報告 記入例とポイント  🔗

「責任とは何か」 介護事故の法的責任を徹底理解する 

  ⇒ 介護施設・高齢者住宅の介護事故とは何か  🔗
  ⇒ 介護事故の法的責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 介護事故の民事責任について考える (法人・個人) 🔗
  ⇒ 高齢者住宅事業者の安全配慮義務について考える 🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ① ~予見可能性~  🔗
  ⇒ 介護事故の判例を読む ② ~自己決定の尊重~ 🔗  
  ⇒ 介護事故の判例を読む ③ ~介護の能力とは~ 🔗 
  ⇒ 介護事故の判例を読む ④ ~生活相談サービス~ 🔗
  ⇒ 介護事故 安否確認サービスにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 介護事故 ケアマネジメントにかかる法的責任 🔗
  ⇒ 「囲い込み高齢者住宅」で発生する介護事故の怖さ 🔗
  ⇒ 事業者の過失・責任が問われる介護事故 🔗
  ⇒ 介護事故の法的責任ついて、積極的な社会的議論を 🔗



関連記事

  1. 腰痛など介護スタッフの労務災害、入居者への介護虐待
  2. 介護事故報告書 作成のポイント ~誰が書くのか~
  3. 【介護リスクマネジメントの基本 16】  介護リスクマネジメント…
  4. 火災・自然災害(地震・台風・ゲリラ豪雨など)の発生
  5. 介護マニュアルの目的は「マニュアル介護」ではない
  6. 介護リスクマネジメントは、「利用者・入居者のため」ではない
  7. 「連携・連絡不備」は介護リスクマネジメントの致命的欠陥
  8. 介護リスクマネジメントはケアマネジメントと一体的

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


TOPIX

NEWS & MEDIA

WARNING

FAMILY

RISK-MANAGE

PLANNING

PAGE TOP