RISK-MANAGE

ヒヤリハット報告から「キガカリ報告」へ


転倒したけどケガをしなかったから「ヒヤリハット報告」は大間違い。介護事故の予防には、主に医療事故を防ぐことを目的とした『ヒヤリハット報告』ではなく、『キガカリ報告』をシステム化し、安全に対する嗅覚を高め、その意識を全スタッフに徹底することが必要

管理者・リーダー向け 連載  『介護事業の成否を決めるリスクマネジメント』 038


介護事故報告書とヒヤリハット報告書の違い🔗 で述べたように、「転倒したけれど怪我をしなかったのでヒヤリハット」では、介護事故に対する認識が、「ラッキー・アンラッキー」になってしまいます。転倒があった時点で、その怪我の有無に関わらず、「介護事故報告書」を策定するというのが正しい判断です。

では、介護のヒヤリハット報告は必要ないのか…、どのような時に記入すべきか…です。
このヒヤリハットという概念のもととなった「ハインリッヒの法則」は、もともと労働災害に関する論文です。それが、医療の現場・看護に転用され、「ヒヤリハット報告」「インシデント報告」として活用されています。この医療・看護現場のヒヤリハットは、「医療的準則に従った医療行為が行われなかったが、結果として被害(不利益)が生じなかった事例」と定義されています。
つまり、医療・看護のヒヤリハットは、「手順など人的な医療看護ミス、勘違い」のことであり、これをどのように予防するのかに主眼が置かれていることがわかります。
手順ミス、連携ミスを予防するための方策としては有効であることは間違いありません。

しかし、この定義をそのまま介護の現場に適用することはできません。
それは、介護事故の原因となるのは、介護看護スタッフの介助ミス、連携ミスだけではないからです。
介護事故報告書の目的、役割を明確にする🔗 で述べたように、介護事故は、利用者の身体機能の低下、建物設備備品の瑕疵・不一致など複合的な要因が重なって発生します。また、「あるだけ報告書」が拡大させる事故の法的責任🔗で述べたように、スタッフの直接的なミスでなくても、「安全配慮義務違反」として、事業者や介護スタッフが、民事・刑事上の法的責任を問われる可能性があります。

そのため、介護事故を予防するためには、医療看護業界のものをそのまま転用するのではなく、介護サービス事業に合わせた、報告システム、チェックシステムを構築するべきだと考えています。
それが、「キガカリ報告」と呼ばれるものです。これは、各スタッフが直接的にヒヤリ、ハットした経験だけではなく、普段の業務・サービスの中で、『これは危険かな?』と気が付いた事故の種を積極的に見つけていこうというものです。

内容は、『利用者・入所者・スタッフの安全に関わる全てについて』になりますが、あまりにも漠然としているので、『対象』と『原因』から、イメージを図にしてみます。

対象は、その個別の入居者に生じるリスクか、全入居者の安全を脅かすものかが基本となりますが、ここでは、合わせて介護看護スタッフのサービス提供上発生する労務災害のリスクを含めています。
またその原因として、介護手順や業務内容にかかるものだけでなく、身体機能の低下、建物設備備品にかかるものの3つに分けています。
整理すると、たくさんの事例が思い浮かぶでしょう。

「業務の中で、気づいたことは報告し、適宜改善している」「わざわざ手間な報告書を作る必要はない」と思う人はいるかもしれません。
しかし、『日々の取り組みの中で・・』と言いますが、それは、『いつ』 『誰が発議して』 『何が問題で』 『どのように検証されて』 『どのような改善案が提示され』 『全スタッフに共有され』 『いつから改善され』 『その内容をチェックする』というシステムができているでしょうか。

『あそこのドア、スタッフが指を詰める可能性があります』
『そうですね・・事務の人に言っておきます』
『○○さん最近ふらつき大きいですね・・・』
『そうやね。家族さんにも説明しないといけないね・・』

という個人の話だけでは、日々の業務の中で忘れてしまったり、口頭での申し送りだけで伝達もれが発生したりという事態が必ず発生します。いつどのような対策を採ったのかも記録として残りません。記録として残らないということは、知識技術・ノウハウとして構築されないということです。

上記の指を詰めるドアの例でみると、事務所に連絡しても、取り換えなどに費用がかかると、『どうしよう・・』『もう少し考えてみる・・』ということになり、そのまま忘れられてしまいます。利用者のふらつきの件も、ケース記録に書かれ、数日は申し送りされるかもしれませんが、次のケアカンファレンスまで対策が取られなければリスクだけが残ります。
せっかく、課題やリスクにスタッフが気付いたのに、それが共有されなければ、必ず事故は起こります。事故が発生した時に、「ほらやっぱり、危ないと思ってた」では、まさに安全配慮義務違反です

「キガカリ報告」の目的は、大きく分けて二つです。
一つは継続的・安定的な仕組み・システム作りです。高齢者介護のプロとして取り組んでいるのですから、安全への取り組みは、その場限りではなく、必ず書類として記録し、継続的に追いかけ、一つの結果・成果がでるまで、追跡しなければなりません。

もう一つは、スタッフ全体の安全に対する意識を高めるということです。
介護保険施設や通所サービスなどたくさんのスタッフが働いている場合、それだけたくさんのチェックの目があるはずです。しかし、実際に、「これは危険ではないか」「業務改善の余地があるのでないか」と思ったことを直接進言できるスタッフはどれだけいるでしょうか。
大半のスタッフは、「新人なので生意気だと思われないか」「どのように説明すればわからない」「仕事が増える・・」と、気がついていても報告をしていません。その状態が続けば、次第に言われたことしかできない、課題やニーズに鈍感なスタッフになってしまいます。

正しくても間違っていても構わないので、「とりあえず気がかりなこと、気が付いたことは何でも報告する」という意欲、システムができれば、安全に対する様々な情報が集まってきますし、安全に対する意識、チームケアに対する意識が高まっていきます。優良なキガカリ報告を提示した人には、表彰したり人事評価と連動させることもできます。

特に、重度要介護高齢者は自分から体調変化や危険を訴えることはなく、日々の小さな変化に介護スタッフが積極的に気づき、先手を打って対策を検討することが必要になります。介護サービス事故予防には、『ヒヤリハット報告』ではなく、『キガカリ報告』をシステム化し、安全に対する嗅覚を高め、その意識を全スタッフに徹底することが必要なのです。




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